1 デパートの食器売り場で

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夏歌はしばらくすると茶碗から離れた。 彼女が遠のいたのを確認して 俺はその茶碗を 攫(さら)うように買い求めた。 今、失ったら もう二度と手に入らない そんな気持ちが、俺を逸(はや)らせた。 茶碗を包んでもらっている間も 売り場の遠くを見え隠しながら 歩く夏歌を目で追っていた。 平日の百貨店 ブランド食器売場は人もまばらだ。 夏歌は特に目的はないらしく 「ヘレンド」で古風な紅茶茶碗を見たり 北欧のモダンな皿の縁を 指でなぞったりしながら 売り場をゆったり回遊する。 そぞろ歩く夏歌の 頭から足の先まで 遠目にじっくり確かめた。 俺が今年で43だから 夏歌も40になっているはずだ。 流石に髪の艶が衰えたが 夏歌は、美しかった。 肩の少し下あたりで切り揃えた昔と同じ髪型。 横を向くと白銀色のイヤリングがチラリと見えた。 化粧は昔からあまりしないが肌は艶が良かった。 体型も崩れてはいない。 むしろ少し丸く、女っぽくなった。 白いニットのアンサンブルに紺のパンツ。 相変わらず個性のない服装だが 昔着ていたものより、質の良いものを身につけている。 俺は執拗に、彼女の左手を目で追った。 そして、 ブランドバッグにかけられた薬指に やはり、白銀色に光る細い指輪を確認した。 (結婚したんだ…) 俺は 心が軽くなると同時に 言いようのない失望も覚えた。 (まったく… 我ながら身勝手なものだ あんなに残酷に捨てておきながら 自分以外の男のモノになったと知ると やはり…面白くないんだな) そう、俺は 15年前、 彼女を酷い方法で捨てたのだった。
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