◇第1章◇ 優しくて冷たいひと

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「軽すぎる。普段ちゃんと食べてるんですか」 「く、食ってるよ」 「嘘つきですね、相変わらず細い腰して」 「ぅわ……っ」  怪しい手つきで脇腹をスルッと撫でられて肌が粟だった。  変な声も漏れそうになってしまい、慌てて口を塞ぐ。  なんだよ、僕のことを迷惑に思うなら、あの時を思い出させるようなことするなよ。  ゆっくりと僕をベッドに転がすと、律は強引に布団を被せてしまう。  フカフカの枕からは柔軟剤のいい香りがした。  まるで子供を寝かしつけるお父さんみたいな律に、僕は物理的に上目遣いになった。 「律は明日、仕事?」 「昼から出掛けます。千紘は?」 「僕は1限からあるけど、やす……」  休んじゃおうかな、と言おうとしたら、目を細められた。 「……行くから、起こして」 「はい」 「キスで起こして」 「殴りますよ」  冗談半分、本気半分。  電気を消して、部屋から出ていこうとする律を僕は引き止めた。 「待って。まだ眠くないから、もっと話そうよ」 「俺は眠いです」 「じゃあ、僕が眠るまで手を握るのは?……海行った時、みたいに」  そう言うと、僅かに動揺の色を宿した目がこちらを向いた。  そのことは話題に出すなと言いたげだ。  律がゆっくりと、近付いてくる。  僕が手を差し出そうとしたその時── 「いてっ」 「はやく寝て」  デコピンをされてしまい、手が繋がることはなかった。  僕はついに不貞腐れ、むぅぅと口を尖らせて瞼を閉じた。  つれない。  なんだよ律、せっかく会えたのに。  あの時は、僕をちゃんと甘やかしてくれたのに。  僕が5年間どんな想いでいたのか分かってないんでしょ。  律が食いついた話題といえば、じいちゃんのことと僕の恋愛対象が男性だということぐらいだ。  そういえば猫のチーの姿を見ていない。  まだまだ律と話し足りない。  寝るなんて勿体無い。  それなのに、僕の意識はあっという間に曖昧になっていた。 「おやすみなさい」  柔らかくて優しい低音が、僕の耳を癒した。  波が寄せては返す音と、風鈴の高い音が聴こえた気がした。
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