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「軽すぎる。普段ちゃんと食べてるんですか」
「く、食ってるよ」
「嘘つきですね、相変わらず細い腰して」
「ぅわ……っ」
怪しい手つきで脇腹をスルッと撫でられて肌が粟だった。
変な声も漏れそうになってしまい、慌てて口を塞ぐ。
なんだよ、僕のことを迷惑に思うなら、あの時を思い出させるようなことするなよ。
ゆっくりと僕をベッドに転がすと、律は強引に布団を被せてしまう。
フカフカの枕からは柔軟剤のいい香りがした。
まるで子供を寝かしつけるお父さんみたいな律に、僕は物理的に上目遣いになった。
「律は明日、仕事?」
「昼から出掛けます。千紘は?」
「僕は1限からあるけど、やす……」
休んじゃおうかな、と言おうとしたら、目を細められた。
「……行くから、起こして」
「はい」
「キスで起こして」
「殴りますよ」
冗談半分、本気半分。
電気を消して、部屋から出ていこうとする律を僕は引き止めた。
「待って。まだ眠くないから、もっと話そうよ」
「俺は眠いです」
「じゃあ、僕が眠るまで手を握るのは?……海行った時、みたいに」
そう言うと、僅かに動揺の色を宿した目がこちらを向いた。
そのことは話題に出すなと言いたげだ。
律がゆっくりと、近付いてくる。
僕が手を差し出そうとしたその時──
「いてっ」
「はやく寝て」
デコピンをされてしまい、手が繋がることはなかった。
僕はついに不貞腐れ、むぅぅと口を尖らせて瞼を閉じた。
つれない。
なんだよ律、せっかく会えたのに。
あの時は、僕をちゃんと甘やかしてくれたのに。
僕が5年間どんな想いでいたのか分かってないんでしょ。
律が食いついた話題といえば、じいちゃんのことと僕の恋愛対象が男性だということぐらいだ。
そういえば猫のチーの姿を見ていない。
まだまだ律と話し足りない。
寝るなんて勿体無い。
それなのに、僕の意識はあっという間に曖昧になっていた。
「おやすみなさい」
柔らかくて優しい低音が、僕の耳を癒した。
波が寄せては返す音と、風鈴の高い音が聴こえた気がした。
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