◇第2章◇ 優しくて泣き虫なひと

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 僕は小3の終わり頃から塾へ通いだした。  けれどもともと、勉強は得意ではなかったので、成績はレベルの低いクラスの最下位だった。  僕よりも親が必死になっていた。  どうすれば成績が上がるのか、どこで兄とは差が付いてしまったのか、毎日頭を悩ませていた。  そんな中、毎年夏休みに律とプールへ行くのが恒例になっていた。  律が急に「今日はこれからプールです」と誘うのだ。  その日だけは、親は笑顔で「行ってらっしゃい」と言う。  開放感から、僕は毎年はしゃいでしまう。  それは僕が中1、律が高3の夏まで続いた。  結局、あんなに頑張って勉強したのに中学受験は失敗し、僕は公立中学へ通っていた。  後ろめたさから、高校はいい所へ行こうと誓い、また塾通いの日々が続いていた。 「勉強、大変なんですか?」  夕方、電車に揺られながら律が言う。  1日、その話題には互いに触れなかったが、現実に戻っていく電車が嫌で、「明日から勉強頑張らないとなぁ」と僕が漏らしたから、心配したのだろう。 「ちょっとね。ていうかりっちゃんの方が大変じゃん! こんな大事な時期に遊んじゃったけど、大丈夫なの?」  あまり深く掘り下げないで欲しかったので、話の矛先を律に向けると、律はちょっと困り顔で笑う。 「来年の春に廃園になるから、行けるうちは行っておこうと思って」 「え? あのプール、無くなっちゃうの?」  初耳だった。  それは律のお父さんから聞いた話で、まだ公にはなっていないらしい。  無くなるなんて信じられなかった。  いつ行っても人が多くて賑わっていたのに。   「じゃあ、次の夏はどこのプールへ行こうか」  律とずっと通い続けてきた場所が無くなるのは寂しいが、思い出が無くなる訳じゃない。  また新しい思い出を作っていけばいいんだ。 「うーん……来年は、行けるか微妙」  だが律の返事はいまいちだった。  僕と律の温度差に違和感を感じた。  律の憂いある横顔を見て、来年はきっとどこにも誘ってくれないのだろうと予感した。  予感は的中して、中2の夏休みも、中3の夏休みも誘われなかった。  大学生になったのだから忙しいのだとか、もう僕と2人でプールって年齢でもないのだとか、色々言い訳を考えて自分に都合よく処理をして、傷つかないようにした。  実は僕の親から「夏休みは集中して勉強させたいから、もう誘わないで」と打診を受けていたらしいとじいちゃんから聞いたのは、これからもっと後の話だ。
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