◇第1章◇ 優しくて冷たいひと

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「モカくんはフリーターだっけ?」 「はい」  本当は都内の学校に通う大学3年生だ。  僕の「モカ」というハンドルネームは受験時に服用していた睡眠改善薬から取った。  眠気覚ましによく飲んだものだ。  モカで通したかったのに「本名教えて?」と優しく聞かれて、反射的に「あ、千紘(ちひろ)です」とバカ正直に答えてしまって後悔した。  なるべく身バレしたくないのに。 「千紘って呼んでもいい?」 「あぁはい、もちろん」 「ふふ、なんだか君とは初めて会った気がしないな」 「ははは、そうですかー?」  若干居心地の悪さを感じつつも愛想笑いで乗り切る。  まぁでも、この人と疑似恋愛しているつもりで奉仕しさえすれば、お金が取り戻せるんだ。  簡単だ。受験よりも簡単だ。  僕はただ聞き役に徹して、介護をするつもりで臨めば問題なさそうだ。  優しそうな人だし、何も心配はない。  そう思ったのもつかの間、ムサシさんの足が小さな水溜りにはまった。  バシャ、と新品に近い黒の革靴に泥がはねたのを見たムサシさんは、一気に顔をぐしゃりと歪めた。 「クソッなんだよ」  小さく舌打ちした音が聞こえて、僕は唇を真一文字に結ぶ。  えっと、この人は優しいはず、ですよね。  自分に言い聞かせていた時、ふと彼の持っている紙袋の中身が目の端に映った。  見間違いかと思い、もう一度目を凝らしてみる。  歩きながら僕はそれに釘付けになった。  ソレは間違いなく大人の玩具だった。  ピンク色をしたバイブが顔をのぞかせている。
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