【2】

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「店長~、なんだかご機嫌じゃないすか?」  次の日、店頭でたたみをしている最中に八代くんに突っ込まれた。 「えっ? 普通普通。というか常に笑顔でいるのは基本でしょ」 「いや、笑顔っていうより、にやにやしてましたよ。今日店長絶好調だし。ナニ考えてたんですかー?」  下品な言い方に呆れて「君には教えません」と突っぱねた。  教えてくださいよーと唇を尖らせた八代くんだったけど、ちょうど顧客様が来店したのが見えたので、サッとその場を離れていってくれた。  僕は今朝から様子がおかしい。  森下くんとのデートが楽しみで仕方がないのだ。  もちろん、お付き合いなんて事はしなくていい。ただそばにいられるだけでいい。  そうやって割りきると、何だかすごく楽しくなってくる。  その変なテンションのせいか、いつもよりも張り切って接客をし、一人で売上を伸ばしていた。  今日は彼の店へ行こうかどうか迷っている。  昨日の今日で行ったらさすがにしつこいだろうか。  けれど会いたい気もする。  いや、嘘です、会いたいです。毎日でも。 「店長、このストックってどこにありますか?」  お花が散っていた頭をブンブン振って、アルバイトさんに視線を移す。  この間入ってきたばかりの大学生の女の子だ。  その手には折り畳みも出来るカーキ色のレインブーツがあった。 「あぁ、靴類は全てバックヤードの上段の棚にまとめて入っていますよ。もしかしてお客様お決まりですか?」 「はい。もし新しいのがあればそっちがいいって」 「そう。品番と中身をよく確認してね。良かったですね。お客様に購入してもらうの初めてじゃない?」 「はい、ようやく売り上げに貢献できました」  アルバイトさんは嬉しそうににこーっと笑って、バックヤードに入っていった。  授業が忙しくてなかなかシフトに入れないようだが、だんだんと接客にも慣れてきたようだ。  自分の声かけでお客様が購入を決めてくださるのはとても嬉しい。僕も初めて自分で物を売ったとき、なんとも言えない充実感が身を包んだものだ。  レジで売り上げを確認する。  レインブーツは単価が高い。あともう少し頑張れば、予算達成できそうだ。  ホッとしていると、靴箱を持ったアルバイトさんがやって来て蓋をあけ、お客様に中身を見せていた。カーキ色のレインブーツに間違いない事を確認する。  ベビーカーを片手に持ったお客様はバッグから財布を出す。二十代の若い主婦さんといった感じだ。  ベビーカーの中では生後半年くらいの可愛らしい赤ん坊が、スヤスヤと眠っていた。  夕方からは冷え込むみたいだから、レイアウトを変えてみようかと店の外に出たところで、僕は思わぬ人物に声をかけられた。 「てーんちょっ」 「はっ」  笑顔の森下くんがすぐそばにいて、思わず後ずさる。心臓が止まったかと思った。 「あぁごめん、驚いた?」 「あ、はい。どうしたんですか? 休憩?」  ずれた眼鏡をクイッと押さえる。  会いたい会いたいと思ってしまっていたから、その念力で本人を引き寄せたんだろうか。  森下くんはいつもの格好に、手には小さなハンドバックを持っていたから、きっと両替に行くんだろうと察する。 「ん、ちょっと両替に。で、昨日聞き忘れた事があったなと思ってお店に寄ってみた」 「はい、なんですか」 「映画の時間、午前と午後どっちがいい?」 「えっ」  そんな事をわざわざ言いに? メールで済む話じゃないの?  森下くんは相変わらずにこにこしている。  もしかして、そうやって理由を付けて僕に会いに来てくれた、とか?  そんな風に期待せずにはいられない。 「あー……えっと、どうしましょう、どちらでも」  視線をさ迷わせていると、先ほどレジで会計を済ませたお客様が店から出てくるのが見えたので、僕はお礼を言いながらお辞儀をした。  女性は柔和に微笑んで、僕と森下くんを見ながら少し頭を下げてベビーカーを押して去っていった。  森下くんはしばらくしてから「ごめんね」と言った。 「やっぱり忙しそうだから、夜とかにまた連絡するわ。なんか店長の顔が見たくなって来ただけ。じゃあね」 「えっっ」  森下くんは僕の返答は待たずに、颯爽とその場を後にした。  僕は何回、ビックリさせられればいいのだろう。  かーっと熱湯が注がれたように顔が熱くなり、もうレイアウトどころではなくなってしまった。  僕の顔が見たくなったって、どういう意味だろうか?  そんな風に安易に言わないでほしい。ますます好きになっちゃうから。  またしても表情筋がゆるゆるになったまま店に戻ると、八代くんにさっきと同じように揶揄われたのだった。
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