【2】

2/12
前へ
/75ページ
次へ
 *  平日だけれど、映画館はそれなりに混雑していた。  初めて入った映画館だから詳しく分からないけど、カードで払うとシネマポイントが2倍みたいな、何か特典の付く日らしかった。  中から出てきた僕達は、興奮冷めやらぬ状態で近くのカフェに入り、それぞれパスタを注文した。  ナスとベーコンのトマトソースパスタを注文したら「たらこじゃなくていいんですか」と揶揄われた。 「良かったねー映画」 「はい。最後、ヒロインと結ばれて良かったです。もう戻ってこないかと思いましたから」 「実はレビュー見てたんだけど、賛否両論みたいだね。映像は迫力あるけど、内容は薄いとか」 「えぇ、森下くん、もしかしてレビュー見てから映画を観る派ですか」 「うん。でもそれに左右される事は無いかも。☆1だったとしても、俺が観たいって思ったら観るし。どう受けとるかなんて人それぞれじゃん」  森下くんはそう言って、パスタをフォークに巻き付けながら口へと運ぶ。  森下くんって、芯がしっかりしてるんだな。  僕とはきっと違う。  例えばだけど森下くんもゲイだという設定で、母親にそれを打ち明けてワンワン泣かれたとしても、この人だったら笑顔で「ごめんね、でもしょうがないじゃん」って言うだろう。  ちゃんと向き合わずに逃げてきた僕とは違う。  しばらく無言でパスタを口に運ぶ。  ドキドキする。  森下くんは左手にスプーンをもって、パスタを巻いたフォークをその上でくるくると回転させている。綺麗な所作。  ハッとして、視線を自分の皿に移した。  (い、いけない。また見蕩れてしまっていた)  今見ていた事を指摘されても、いい案が浮かばないから困る。  ちょっとビクビクしながら無心で皿の中身を空にしていくけど、幸いバレていなかったようだ。  紙ナプキンで口もとを拭いていたら二人分のコーヒーが運ばれてきた。  森下くんは僕の目の前にあった皿も店員に渡してくれて、すごく手際が良くて惚れ惚れする。 「すみません、ありがとうございます」 「ううん、全然気にしないで」 「あっ」  森下くんの口元に、トマトソースが付いている!  ど、どうしよう、可愛い!  できれば教えたくない! 「なに?」 「あ、ここ」  けど教えてあげた。 「付いてます」と自分の口の端を指差すと、森下くんはソースが付いた反対側の口の端を紙ナプキンで拭いたので、ふふっと吹き出してしまう。 「いやいや違う、こっち」 「えーっなんだよ、恥ずかしいな」  ちょっと赤い顔をした森下くんは、ようやく付いている箇所を理解したようで口の端を吹き始める。  けれどほんの数ミリずれているみたいで、拭っても拭っても赤いソースが取れる事はない。 「あーもうちょっと上、いや右……もう、違いますって」  僕は椅子から立ち上がり、テーブルに片手を付き、森下くんの口元におしぼりを当てた。  その瞬間、ぶわっと鳥肌がたつ。  おしぼり越しだけど、彼の肌の弾力を指先から感じる。  どこか見透かしているようなビー玉のような澄んだ瞳、柔らかそうな睫毛、そして薄い唇。  何回かおしぼりを上下させると、ふにふにと唇もいっしょに震えていて。  隣の席のカップルが、こちらを見てクスクスと笑った声が聴こえた。  僕は目を見開きながら冷や汗をかく。  僕はいったい、何をやっているんだっ。 「あ、取れたみたいです」  普通に普通に、こんなのよくある事ですよって顔をしながら席に座る。  少々ずれてしまった眼鏡を元の位置に戻す為、指で眼鏡を押しつつこっそりため息を吐いた。  僕の心臓がねぶた祭りを起こしている。  とても森下くんの顔を直視できずに、ひたすら祭りが終わるのを待った。 「ありがとー。なんか赤ン坊の気持ちになったわ」  森下くんも何でもないという風にそう言ってくれて気が楽になった。  というか、嫌な顔されなくて良かった。  森下くんはちゃんと、僕が拭き終わるまでじっと動かずに待っていてくれた。  カップの中身を空にして店を出て、約束通り森下くんの服を選びにいくことにした。  参考までに好きなブランドやテイストを聞いて、それに合ったお店を知っている限り回ってみる。  流行りのシャツやジャケットを着せてみるけど、しかしどれもいまいちパッとしない。格好いい事には代わりはないんだけど。  結局ファッションビルを出て、原宿の竹下通りを抜けたところにあるセレクトショップに行く事にした。  世界中からセレクトしたアイテムが揃っているし、そこだったら森下くんに似合う服が見つかるかもしれないと思ったのだ。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

153人が本棚に入れています
本棚に追加