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「す、少し落ち着いてください。きっと、旅の雰囲気に流されているんですよ」
森下くんの両肩を押して距離をとろうとするも、その肌の質感や弾力を直に感じてしまって、余計に目眩がした。
しかも彼はびくともしていないし、逆にその手を捉えられてしまった。
「どうして俺が、この旅行に店長を誘ったのかわからないの?」
「……友達みんな、都合が悪いって」
観念したように、僕はポツリと呟く。
嘘。本当に? 冗談じゃないの?
僕がゲイだから、面白がっていたんじゃないの?
「んなわけないじゃん。店長と一緒に来たい理由があったからに決まってるじゃん」
身体中が熱くなっているのは、温泉のせいだけじゃない。
熱情。彼は本気なのだ。
本気で僕のことを──
森下くんは笑って僕の瞳を覗き込んだまま、顔を寄せた。
そして僕は。
その唇を、受け入れてしまった。
「──っ……」
ぎゅっ、と拳を握る。
こんな、風だったとは。
キスってすごい。
そんな中学生みたいな感想しか出てこない。
唇の間をついてきた彼の舌先を、するりと受け入れる。飴玉を舐めてるみたいに、お互いの舌をころころと転がす。
こめかみを伝ってきたお風呂のお湯も一緒に舐めとってしまう。独特な味がするけれど、決して離そうとはしなかった。
一心不乱とはこのことか。
頭がフワフワする。
息苦しい。
角度を変えられたので従順する。
目をぎゅっと閉じていると、脳が収縮している感覚があった。
酸素不足だ、と思って泣く泣く体を離してゆっくり目を開くと、微かな笑みを浮かべた森下くんと目があった。その森下くんの周りを、白いモヤが囲んでいる。
これは湯気? いや、違う。
そう認識する前に、視界全体を透明な膜のようなもので徐々に覆われていった。
ふら、と頭が傾くと、すぐに森下くんの慌てた声が鳴り響く。
「て、店長ーっ! しっかりしてーーっ!」
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