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「あら。大丈夫ですか? 何かお薬とかお持ちします?」
女将さんはテーブルに皿や箸を並べながら、僕を心配そうに見つめている。
僕は布団に寝転がった状態で、女将さんを見上げて「すみません」と謝った。
「単に逆上せただけなので。お恥ずかしいです……大人なのに」
温泉に来れたことに浮かれて、つい長風呂をしてしまった人だと思われていそうだ。
本当の理由は違うのに……。
その元凶である彼をチラッと見る。
森下くんは畳の上に正座して苦笑って、女将さんに尋ねた。
「あのー、食器を下げてもらうのって……」
「あぁ、ゆっくり召し上がって頂いて大丈夫ですよ。お電話下されば、その時に取りに伺いますから」
「そうですか。ありがとうございます」
女将さんが出ていったのと同時に、森下くんは僕に頭を下げてきた。
「ホントごめんね!」
「……いえ、もう、いいです」
おでこに乗った冷たいタオルの位置を変えながら、ため息を吐いた。
熱い温泉につかりながら、熱いキスに酔ってしまった僕は、半分意識を飛ばしかけた。
森下くんに支えてもらいながら風呂を出て、どうにか浴衣を着て部屋に戻ってはこれたが。
貧血みたいに頭がフラフラとするので、先に布団を敷いてもらい、休ませてもらうことにした。
美味しい夕飯を……天ぷらとか唐揚げとか、揚げたての熱々の状態で食べるのを少し楽しみにしていたのに。
「森下くんのせいですよ」
惜しくなって、さっきはいいと言ったくせに責めてしまう。
森下くんはまた、「ごめんっ」と謝った。
「でも店長、俺とちゃんと、キスしてくれたよね……嫌だったら逃げれば良かった訳だし……」
「はいっ?」
獰猛な肉食獣みたいな目を向けると、森下くんはますます縮こまった。
心無しか顔が赤い彼を見て僕も照れてしまい、目の上に濡れタオルを移動させた。
キスをしたのか。僕は、君と。
唇はまだ熱を帯びている。
森下くんの歯列をなぞったり口腔内を蹂躙した感覚、この先もきっとずっと忘れられない。
脳みそがグワングワンと収縮するのが収まるまでひたすら大人しく寝ていたけど、ふと思い立ってタオルを取った。
「あぁ、森下くんは食べてていいですよ。僕ももう少ししたらきっと良くなりますから」
「本当? じゃあごめん。冷めちゃうから、遠慮なく頂くね」
割り箸をパキッと割られてずっこけそうになる。
そこは気を遣って『店長が回復するまで待ってる』っていう所じゃないの?!
森下くんは本当に静かにご飯を食べ始めたので呆気に取られたけれど、なんかいつも通りだ、と少し安心した。
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