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 ビールを一杯奢って貰えたのが余程嬉しかったのか、それとも満腹で満たされたのか、森下くんはラーメン屋を出た後、上機嫌に鼻歌を歌っていた。  コンビニに入り、飲み物やおつまみを適当にカゴに入れる。  聞けば、家では簡単な料理──うどんを茹でるとか、余り物の野菜を入れてチャーハンを作るとかで、凝った料理はほとんど作らないという。 「飲食店やってる人って、そういう人多いよ」と聞いて、ちょっと意外だった。  そしてさっきから思ってたんだが、森下くんの口調がどんどん砕けてきている。嬉しい。僕に気を許しているように思える。  森下くんのアパートに着く頃には、かしこまった敬語は完全になくなっていた。 「あれっ、ごめん。誘ったくせに、ちょっと散らかってたね」  ドアを開けた途端、森下くんは玄関先に散らばったチラシや脱ぎ捨ててあった服を見て、慌てて拾い集めていた。  森下くんの家だ……  森下くんが片付けに夢中になっているのをいい事に、先に部屋に上がらせてもらった僕はキョロキョロと見渡した。  料理はしないとは言いながらも、キッチンは広めに作ってあるし、うちには置いてないような調理器具も壁に沢山掛かっている。  散らかっていたのはさっきの玄関くらいで、リビングは綺麗に整頓されていた。  というか結構センスが良い。  隅にはノートパソコンが置いてあるデスクがあるのだが、その椅子がオレンジ色のマウイチェアだ。  背の低いスタッキングシェルフでベッドスペースを仕切っているから、ベッドの圧迫感を感じない。シェルフの中にはパキラやワイヤープランツなどよく見る観葉植物が入っているけど、その配置の仕方も上手だなと思った。  棚の中に物をぎゅうぎゅうに詰め込んでおらず、あえて空間を作ってゆとりを持たせる、とても洗練されたインテリアだ。 「ビール、冷蔵庫の中に入れとくよ。今準備するから座ってて」 「あぁ、ありがとうございます」  持っていたビニール袋をそのまま渡し、僕はその場に腰を下ろした。  座ってもなお、室内にあるいろんな物に目移りしてしまう。  素敵だ、森下くん。  部屋を見て、ますます好きになってしまったかも。  そんな風に高揚していたのもつかの間、テレビ台の隅に視線を滑らせた僕はある物が目に飛び込んできて、思わず息をのんだ。  ……女性用の髪留めが置いてある。  アンティーク風の透かしレースになっている金のバレッタで、それはそれは繊細な造りで可愛らしい。  筋肉ムキムキのヒーローをアイコンにしている男の持ち物だとは、まるで思えない。  (あー……そっか。まぁ、そうだよな)  こんなに笑顔が耐えない魅力的な人なんだから、彼女がいるなんて当たり前か。  不思議と頭は冷静で、泣きたい気分にはならなかった。  むしろこれ以上のめり込む前に早めに分かって良かったと思う。  というか僕は、森下くんに彼女がいなかったからといって上手くいくかもしれないと期待していたんだろうか? それも謎だけど、今だったらまだ間に合う。  あの時みたいに、気持ちが抑えられなくなって勢いで告白して、音信不通になられるよりも数倍マシだ。  ……て事は僕、結局は森下くんとは普通にお友達でいいって事だよな?  よく整理してみよう。  彼と今後どうなりたいのか、正直何とも言えない。  今日一気に二人の距離が縮まった事に、まだ頭が追いついていないんだ。  今の気持ちは、ただ友達になりたい。  親しくなりたい。  ただ、そばにいさせてほしい。  それだけだよ、たぶん、きっと。
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