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「すごくおいしいです。私もおかわりしたい!」
小柄な女子マネジャーが、おかわり用のどんぶりを選手から回収してきた。
「やっぱり隠し味とか魔法のスパイスとか、あるんですか?」
「うーん……ごめんね、これは秘密のレシピでね」
春子は巨大鍋をかき混ぜる和雄の背中をちらりと見た。
まんまやのカレーライスは、特別な食材や調味料を使っていない。
けれども和雄の努力の結晶であるから、勝手に教える訳にはいかない。
「5年はかかったべな。この作り方に行き着くまで」
「5年も? 長っ!」
どんぶりに白いチョモランマを作りながら、マネジャーは声を弾ませた。
元のメニューは焼きそばやチャーハンといった、定番ものがほとんどだった。
和雄は幅広い客層が楽しめるよう、ナポリタンなど洋食にも挑戦した。
その中で特に注目したのが、一番手間暇のかかるビーフカレーだった。
定休日も厨房に立ち、独自のレシピ作りに没頭した。
そうして行き着いたのが、玉ねぎを2つの使い方で調理する方法だった。
半分はさっと炒めたら早い段階で鍋に移し、形がなくなるまで煮込む。
残りの半分はあめ色になるまでしっかり炒め、糖度を高めてから鍋に入れる。
それぞれの方法で引き出した甘みが牛筋のうま味と絡み合い、ルーの香りや味に奥行きを与えてくれる。
一見シンプルだが、同じ玉ねぎでも個々にカットの仕方や火加減を調整している。
その見極めには和雄の経験と職人技が生かされているのだった。
春子の背後から、「やっば、マジうま!」と声が聞こえた。
黙々と食べる選手もいれば、おいしさを全力で表現してくれる選手もいる。
開店以来、春子はお客さんの食べっぷりを見るのが好きだった。
それからも「いただきます」と「ごちそうさま」を繰り返し、合宿は順調に進んだ。
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