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5. 本音
甲子園予選の開会式を1週間後に控えた、合宿最終日。
選手たちは緊張した面持ちで唐揚げと白米をかき込んでいた。
城東高校の初戦は大会3日目。
同じく進学校で、前回ベスト4の強豪と当たる予定になっている。
初戦突破すら分からないだけに、選手のプレッシャーや不安感は明らかだった。
その緊張感をまとったままの部員たちが、和雄と春子を向いて起立した。
「まんまやのお父さん、お母さん。長きにわたり、ごちそうさまでした」
主将の相原に続き、全員が頭を下げる。
「ごちそうさまでした!」
春子は和雄の隣で、しゃがみ込みそうになるのを必死に堪えた。
目頭に当てたティッシュが、どんどん重たくなっていく。
この食堂は30年前、自動車整備工場の社員食堂として誕生した。
春子は先代である父を手伝い、当時から注文係として駆け回っていた。
だからかもしれない。屈強な男たちの豪快で潔い食べ方が、懐かしかった。
やがて工場は閉鎖されてしまったが、跡地を駐車場に充て、食堂の料理人だった和雄と夫婦2人で再始動した。
新しい食堂には「地域の憩いの食事処になってほしい」との願いを込めて、「まんまや」と名付けた。
大切な家族を失ってからも、常連客の母として、高校生たちの祖母として、たくさんの「ごちそうさま」を受け取ってきた。
——お父さん、お母さん。
その声に、もう還らぬ家族に、思いを馳せた。
翔也も、よくまんまやに食べに来ていた。
座敷で両親と仲良く並んで座り、夢中になってカレーライスを頬張る姿を、今でも鮮明に覚えている。
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