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「なんも。こちらこそ、ありがどな」
和雄はぺこりと一礼すると、ぽつりぽつりと語り出した。
「これからも続けていきたい気持ちは、ある。だども、もう、限界でなぁ」
老いて減ったまつ毛の先に光の粒が見え、春子は骨ばった背に手を添えた。
「鍋を運ぶ足は痛むし、野菜を切る手も震える。悔しいんだ、俺自身が。自慢だったカレーも、きっともうすぐ納得できなくなるべ。そんなもの、おめがださ食わせる訳には、いがね。だがら、本当に、申し訳ね」
「そんな、謝らないでください」
相原が穏やかに言った。
「あの、合宿でお世話になったお礼と言ってはなんですが、球場に僕たちを見に来ていただけませんか。プレーで恩返ししてみせます。あと、開会式では、僕の晴れ舞台もあるので……」
なぁ、とチームメートに目線を送る。仲間たちは力強く頷いた。
ところが、和雄は視線を落として呟いた。
「すまんなぁ。それだば、行げね」
いつもの不愛想な態度はすっかり消え、和雄はただの弱々しい老人になっていた。
「球場には、行げねんだ。いろいろ、あってな。その分テレビどご見で応援するがら」
「……そうですか」
相原はそれ以上強く誘わなかった。
「ではテレビ越しに、見ていてください。もし優勝できたら、カレー全員分お願いします!」
「おん、任せとげ」
城東高校の、そしてまんまやの合宿最終日を飾ったのは、和雄と春子、そして相原を中心とした部員たちの泣き笑い写真だった。
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