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雨の音がより一層強くなった時だった。
「失礼しますね」
聞き覚えのないその嗄れ声に顔を上げると、そこにはご年配の男女が居た。
双方とも背中が曲がり、顔には多数の皺が刻まれ、髪は薄く白髪なので、ご長寿と思われる。
僕達よりもびしょ濡れな所を見ると、屋根のある場所を見つけるのに時間を要したのかもしれない。
僕はそれをただ傍観していたが、女神の生まれ変わりである藤子さんは違った。躊躇する間もなく立ち上がり、鞄に入っていたハンカチーフを女性の方に差し出していた。
「これ、乾いてるので良かったら使ってください」
するとお婆さんは「まあまあ、ありがとうねぇ」と更に皺を作って笑う。
「でもいいの?」
「はい。ぜひ。…小さいのであまり役に立たないかもですけど」
「ううん。お姉さん、ありがとうねぇ」
お婆さんは頭を軽く下げて丁寧にハンカチーフを受け取った。
自分の顔を拭くのかとなんとなく見ていたら、当然のように隣にいるお爺さんの顔と頭を拭うので、僕の胸が妙なあたたかさを覚えた気がした。
今、とても美しいものを見た気がする。
「きみ子さんが使って」
「タケさんが最初」
「いやいや、きみ子さんが」
「ふふふ、いいのいいの」
そんなお爺さんとお婆さんのやり取りに、普段は藤子さん以外に心を動かされない僕の頬が自然と緩む。
隣を見ると藤子さんも似たような表情をしていたのだが、やっぱり聖女の如く神秘なる微笑みはいと最高で、気づけば鼻の下がびよんと伸びていた。
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