雨なんての降らなくてもそんなに違わんからな

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 男は彼女に願いの意味を聞きたかったが、それ以上に父親の判断が気になった。 「あんな願いをまさかではありますが、聞かない様に」  帰り道で彼は直ぐに聞いてた。その場所はまだ社と離れてはないが彼女遠く聞こえないくらい。今は雨が強いので他の村の家にも話し声は届かない。 「判断をどうするか、それは俺の考えることだ。それとも、お前が口出しするほどの理由があるのか?」  今の長の言葉は厳しい訳ではない。ちょっと優しい雰囲気がある。  しかし男は真剣な表情になって父である長の前に向かった。 「あの子を嫁に、と考えております。だからどうか、まだこの村に留まらせる様にお願いします」  男は水溜まりがあるのも気にしないで長に土下座をしている。 「やっと白状したな。しかし、それなら俺じゃなく、彼女を説得するのが先決だろう。まあ、それまでは返事を待たせるよ」  反対はしなかった。長は穏やかな顔で男から離れる。なんとなく喜んでいるようでもあった。  こうなると残された彼は悩んでしまう。これまで彼女に想いを告げたことなんてなかった。難しいことだ。幼いころからの恋心なのだから。  彼女への返事は保留になり、男のほうはどう告白をするべきか考える日々となった。ちょっと優柔不断。男は困っている毎日。  呑気極まるくらいの毎日を反転させるような出来事が起きてしまった。小さなことではない。それは長の死だった。 「そんな! どうしてそうなるの?」  村中がショックで女の子に男が伝えた時も驚いていた。当然だろう。彼女のお願いからまだ数日のことだった。 「ちょっと体調を崩したくらいだったんだ。それなのに流行病だったらしくて」  この時代、雨に関係なくても怖い病気の蔓延は普通にあった。 「家督はどうなるの? 貴方が継ぐんでしょうか?」  当然彼の家は長で名家。彼女もそれは気になった。そして彼が継ぐのだろうと思ったので今までとは言葉遣いを異にしている。 「違うよ。そんな畏まらないで。母上が手を挙げた。当分の間代行になるだろう。あの人にも役を与えないとね」 「そう、なんだ」  男は父親が死んで直ぐではあるが、暗くならないように時折笑顔を見せて話している。  しかし女の子のほうはちょっと不審な顔を浮かべる。その理由は彼にはわからなかった。  男の母親は長としての務めを真っ向から果たしていた。前長の葬儀を取り仕切り、村の今後についての話し合いもこれまでより多くなった。 「母上、すみません。お話があります」  前の長の四十九日法要が終わって、もう本当に長は母親と示されたころ。男は女の子のことを改めてお願いしようと思っていた。 「神社の娘のことです」 「困った娘ですね。村人のなかには恨んで居るものもいます」 「彼女は父上にこの村を離れることを相談していました」  男があの時の彼女のお願いの話を始めると母親の顔が明るくなった。 「それは良いことじゃない。村人は納得するだろうし、あの娘だってそのほうが平穏に暮らせるんじゃない」  母親は彼女の願いを一つ返事で承諾してしまいそう。男はこの機会を持って良かったと思った。 「私は彼女を嫁にと思っております。これは先代も納得してくれました。ただ、彼女にはまだ父の死のことも有りまして、承諾を得ていません。しかし私の想いは本物ですのでそれをお願いします」  新しい長は途端に険しい顔になった。深く考えて、返事を中々返さない。暫く今日も降っていた雨の音が響いていた。 「簡単なことではありません。貴方もわたくしも良く考えねばなりませんよ」  どうにか言葉を探した長はあたまを抱えていた。  しかし、男はそんなことを気にしなかった。もう心は決している。これまでの間は父親の死もあったので彼女に告げるのは控えていた。でも機会が訪れたと思っていた。  長との話を終えると男は食事の時間でもなかったが、神社に向かう。もとより彼女に想いを話すつもりだった。 「大事な話があるんだ」  急いだ男は息を切らしながらなので、驚いた女の子は一度凛として座りなおした。 「はい。どんなことだろうと異論ありません」 「俺と、夫婦になってくれないか?」  一度言葉に詰まりながらも彼は言い切った。  しかし、彼女は「ハイっ?」と聞き直す。こんなことを予想してなかったから。 「だから、俺は君のことが好きなんだ。もう誰にも悪口なんて言わせない。俺に守らせてくれ」 「ちょちょちょ、ちょっと待って。急にそんなことを言われても。てっきり村を離れる願いが通ったのかと思ったから」  かなりの戸惑いが彼女にはみえる。しかし、顔は赤くなって拒んでいる様子ではなかった。 「あの話は父上に私が断るようにお願いした。君を嫁にと告げて」 「だって、あたし。こんなんだし、顔だって」  彼女はラブコールを受けながらも自分の顔の痣に手を当てた。 「俺は気にしない。違う。痣のことを含めて君を好いているんだ」  またしても彼女の顔がパーッと赤くなる。まるで風に吹かれる火の粉のように。  彼女が黙り込んでしまったので彼は「返事を聞かせてくれないか?」と矢継ぎ早に彼女に聞いていた。  ずっと優しかった彼のことを悪く想ったことなんて全くない。それどころか幼いころから素敵な人だと彼女は思っていた。恋愛対象にしなかったのは自分の痣と身分の差から。だけど心は違った。 「うれしい」  照れてちょっと伏し目がちな彼女がぽつりと呟く。  男は嬉しくってその場で飛び上がっていた。二人は落ち着きを取り戻すと神社の縁側に肩を寄せ合い座って外を眺める。お互いにとって夢のような時間。
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