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11話
ダンスの特訓はまず、ステップの仕方から始まった。
イリーナではなく、これはリチャードやリゼッタが教えてくれる。二人はなかなかステップができずにいるリューネを励ましながら、根気強く特訓につき合う。
「…左足を横に、右足も同様に。そう、その通りです」
「こうですか?」
「その調子よ。では、あたしのピアノの伴奏に合わせてやってみて」
リチャードがやり方を教えるとリゼッタもピアノを弾きながらおさらいをする。へとへとになりながらもリューネは根性で頑張った。そのおかげもあって、ステップの基礎は少しできるようになった。
「…あら、もう夕方ね。今日はここまでにしましょう。明日はあたしと二人でステップのおさらいをするから、そのつもりでいてちょうだい」
「そうします。あの、ありがとうございました」
「いいのよ。礼は言わなくても。これも兄さんやあなたの為だもの」
「そうですよ。いずれは奥方になられるわけですから。リューネ殿はその。キエラ家の遠縁の親戚の方の養女にしていただく予定になっていまして。子に恵まれていないご夫婦がおられましてな。その方の邸に一時的ですが、滞在していただきますので。そのつもりで」
リチャードが後を引き取って意外なことを告げた。それには、リューネは驚きのあまり、目を大きく見開いた。
「えっ?あたしが養女に?」
「そうです。あなたを引き取っていただきたいとお願いしましたら、快く了承してくださいました」
「…あら、リチャードもやるわね。確か、ルイおじさまとイリスおばさまだったかしら。お父様のはとこに当たる方だわ」
リゼッタが簡単に説明をしてくれた。
その後、リューネはステップの練習を再び始めたのであった。
あれから、さらに半月が経ち、イサギがキエラ邸に帰ってきた。
二人の兄やリゼッタ、両親が出迎えに玄関に集まっている。執事のリチャードや使用人たちも一列に並んで、彼を迎えた。
だが、肝心の婚約者の少女の姿がない。それに違和感を覚えたイサギはリチャードに尋ねる。
「リチャード。リューネはどこにいるんだ?姿が見えないんだが」
「…リューネ殿でしたら、後もう少しで来るはずです。何でも、イサギ様を出迎える為に支度を念入りにしたいとかで」
「そうか。だったら、少し待つかな」
そんな会話をしていた時だった。
ぱたぱたと軽やかな足音がして、赤茶色の髪を複雑に結い上げ、瞳と同じ色の淡い緑色のドレスに身を包んだリューネが小走り気味に現れた。
「…イサギ様!遅れてごめんなさい。お帰りなさいませ」
そう言いながら、ドレスの裾を摘んで足を広げ、礼をした。それを見て、イサギは驚きのあまり固まった。
「…あの、イサギ様?どうかしたんですか?」
「…いや。すっかり淑女だね。驚いたよ」
イサギは女性なら誰もがとろけてしまいそうな笑顔を浮かべる。
それを目の当たりにしてリューネは顔が熱くなった。
自然と心臓が高鳴る。顔を見られたんだったら、いいやと言っていた不純な自分を殴りたくなる。そんな自分を思い出していたら、イサギがリューネの前にひざまずいた。
「…リューネ、そのドレス、似合っているよ」
にこやかに笑いながらリューネの手を取った。そして、手の甲に唇を押し当てて、キスをしてきたのだ。
軽くはあったが確かな温かく柔らかな感触にリューネは飛び上がりそうになる。
「…きゃっ?!」
手を引っこ抜いて後ろに跳びすさった。周りはそんな光景を苦笑いしながら眺めていた。
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