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19話
リューネがイサギに向き合おうと決めてから、五日が経った。
お披露目パーティーまで後、二ヶ月を切っている。
リューネはイサギの母のイリーナから礼儀作法などを教えてもらった甲斐あって、今ではすっかり淑女といえる状態になっていた。
妹のリゼッタも協力していたので、上達するのも早かった。
「…最近ではダンスもうまくなったわね。リューネさんには驚かされるわ」
リゼッタがにこやかに笑いながら言った。リューネはそうでしょうかと真顔で答える。
「わたし、自分ではうまくなったという自覚はできていなくて。リゼッタさんからみたら、そう見えるのでしょうか?」
「ええ、見えるわ。リューネさんも自信を持ったらいいと思うの」
リゼッタは笑いながら頷いた。リューネはそれを見ながら、首を傾げた。
「…わたし、未だにイサギ様と結婚する事に実感が持てないのです。それと、お披露目の祝賀パーティーはどこで開かれるのか聞いていなくて。リゼッタさんはご存じありませんか?」
「あ、祝賀パーティーがどこで行われるのかをまだ言ってなかったわね。実はこちらで行うわけにはいかないから。グランと呼ばれているけど、こちらは田舎でしょう。だから、王都にある別邸でする事になっているの」
「別邸でやるんですか?」
リューネが驚きながら尋ねるとリゼッタは頷いた。
「そうよ。別邸といっても結構、こちらの本邸と変わらないくらいには広いわよ。ダンスホールがこちらよりも二倍くらいはあってね。公爵家など父様と親しくしてくださっている方々が主賓として招かれているわ」
「公爵家ですか。かなり、身分の高い方とも知り合いでいらっしゃるんですね」
リューネは青い瞳を大きく見開いた。
リゼッタはサロンのソファから立ち上がり、リューネの両手を握る。
「そんなに緊張しなくてもいいわ。リューネさん、このたびのパーティーは私的なものだから。気楽に構えてくれてていいのよ」
はあといいながらリューネは返事をした。
さらに、十日経ってリューネは自分が着用するドレスを作ってもらったり、髪飾りも発注したりした。イサギからはペンダントを贈られた事もあった。
そんな風に日々を過ごす内に季節は夏を迎えようとしていた。
朝方や夜はまだ涼しいが昼間は太陽の光が強く、暑くなってきていた。庭に植えてある木々が青々と生い茂り、夏に咲く花ヶも見頃を迎えている。
リューネが実家の家具屋を離れて一ヶ月と半分が過ぎようとしていた。
祝賀パーティーは九月の中旬と決まった。その後でリューネを引き取ってくれるキエラ家の親戚にあたるという子爵家を訪れなければならない。
それを聞いたリューネは自分ごときをそこまでしてくれるのは何故なのかと不思議に思った。イサギの婚約者として来ただけなのにだ。
『リューネは気にしなくていいよ。僕や父上が手回しをしておいたから』
イサギにはそうにこやかに笑いながら言われたが。
何となく、腑に落ちないリューネであった。
「…リューネ。僕と一緒に今日は寝てくれるかな?」
婚約して二ヶ月近く経った日の夕食時にイサギからお誘いをされた。
しかも、かなり直球なお誘いだ。
「それはできません。せめて、結婚してからにしてください」
きっぱりと言ってもイサギは簡単には引き下がらない。
「そんなつれない事は言わないでほしいな。いかがわしいことはしないから」
「…本当にですか?」
じとりと睨んでみせてもイサギはどこ吹く風である。
にっこりと笑いながら、立ち上がった。そして、リューネの背後に近づくと耳朶に軽く口づけた。
「まあ、手加減はするつもりだから。そんなに堅くならないでよ」
「イサギ様の言うことは信用できません。以前だって、いかがわしい事をしてきたじゃないですか」
「そうだったかな。以前といってもつい、二週間くらい前だったよね」
そうですと言うとイサギはリューネをおもむろに抱きしめた。こちらにやってきた初日も同じ事をされた。
だが、今回は初日よりも力がこもっている気がする。
そう思いながらもリューネは目を閉じて、じっと耐えるしかなかった。
イサギはふいに離れると食堂を出て行ってしまう。慌てて、追いかけたのであった。
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