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24話
会場になっているダンスホールにイサギと向かうと大勢の招待客でにぎわっているのが目に入った。
リューネは心の臓が速く打つのを何とか我慢しながら、足を進めた。イサギが手を差し出してくる。それに自身の手を乗せる。思ったよりも力強く握られて驚いてしまう。
群衆の中を分け入って進むと男性の息を呑む気配がする。女性も息を呑んだり、鋭い眼差しで睨んでいる人もいた。
皆、侯爵家であるキエラ家のパーティーであるため、色取り取りに着飾っている。賓客の中には王族も含まれており、それは盛大なものになっていた。
「…これはこれは。確か、キエラ家のご三男のイサギ殿ではないか。可愛らしいお嬢さんと一緒で羨ましいよ」
「……ああ。あなたは確か。ダラー伯爵家のご嫡男のリチャード卿でしたね。今は爵位を父君から譲られてましたか」
群衆の中から一人の男性が出てきてイサギに声をかけてきた。その男性はイサギよりも少し、背が高く年齢も上のようであった。
「リューネ。紹介するよ。こちらは王都におられる陛下の宰相も務められているダラー伯爵だ。ご年齢は僕より、五歳上の二十四歳でいらっしゃる」
「初めまして。ダラー伯爵様。わたくしはイサギ様の婚約者でリューネ・セアラと申します。お会いできて嬉しいですわ」
イサギに説明をしてもらった後、リューネはドレスの裾を持ち上げて一礼をした。すると、ダラー伯爵といった男性はイサギよりもけぶるような印象を受ける黄緑色の瞳を細めた。髪の色は栗毛色で顔立ちもイサギほどではないが整っている。だが、美男といえる雰囲気なのにどこか、影を纏っているような感じがする。服装も宝石、トパーズやエメラルドなどを小さく散りばめた薄藍色のもので光を反射してキラキラと輝いており、リューネは綺麗だなと思ったが。イサギは咎めるようにこちらを軽く睨んできた。
「…ほう。セアラ子爵の。あちらは確か、お子はおられないはずだが」
まずいとリューネは思った。すると、イサギが前に出てリューネを庇うように佇んだ。
「…その事についてですが。リューネはセアラ子爵の遠縁の親戚のお子さんでして。ですが、後継ぎがいないとさすがに困ると子爵は心配されました。そこで、兄弟がたくさんいる親戚にお願いして一人、養子にもらったのだそうです。そのお子さんが彼女です」
「なるほど。そういう事だったのか。どうりで、見かけた事がないはずだ」
「納得していただけたでしょうか?」
「ふん。一応はな。だが、どんなに誤魔化しても付け焼き刃ではいずれ、ぼろが出る。それはよく覚えておくことだ」
「わかりました。肝に命じておきます」
にこりとイサギが笑えば、ダラー伯爵ことリチャードは面白くなさそうにしながら、二人から離れていった。
「ごめん、リューネ。嫌な思いをさせてしまったね。でも、貴族社会に関わるとなるとこういう会話は日常茶飯事だから。それは覚えておいて」
「わかりました。これからは気をつけます」
「…では行こうか。ホールの向こうで殿下がお待ちかねだろうから」
イサギに手を引かれながらリューネはホールの中心に向かった。
リューネとイサギが中心にたどり着くとそこにはキエラ侯爵こと父のタウロスが客に挨拶をしていた。
その隣にはイサギの兄である厳つい顔をしたギルバードがいる。他には青みがかった黒髪に群青色の瞳の美青年がギルバードの側で微笑んでいた。
「…おや、これは。イサギにリューネ嬢ではないか。やっと、ここまで来る気になったか」
ふうと言いながら、声をかけてきたのは父のタウロスだ。イサギは父に答える。
「はい。さすがに殿下が来られているとなってはご挨拶はしておかないといけないと思いましたから。お久しぶりです。ルイス殿下。今日は我が家の夜会にお越しいただき、ありがとうございます」
立ったままで一礼をすると物柔らかな声が答えた。
「…こちらこそ、久方ぶりだね。イサギ、元気そうで何よりだ」
「はい。長い間、不義理を致しました事、申し訳なく思っています」
「頭を上げてくれないか。今日は君の婚約披露のパーティーなんだろう。おめでたい場なのだから、堅苦しい事は抜きにしないか?」
そう言われてイサギは下げていた頭を上げた。ルイス殿下と呼ばれた男性は一人、この場の展開に付いていけずにいたリューネに視線を向けている。それに気がついたイサギも彼女に目を向けた。
「…ああ、悪い。リューネ、こちらの方は現国王陛下のご子息でルイス殿下とおっしゃるんだ。この国の第二王子であられる。第一王子のウェルシス王太子殿下は政務でお忙しいから、代理で来てくださったんだよ」
「…えっ。第二王子様だったんですか。あの、初めまして。リューネ・セアラと申します」
慌てて、ドレスの裾を摘んで貴婦人の礼をする。ルイス殿下はそんなにかしこまらなくても良いと言い、リューネに頭を上げるようにと命じた。気さくで柔和な雰囲気のルイス殿下はリューネの王族のイメージを一新した初めての方となった。
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