25話

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25話

 ルイス殿下はリューネやイサギ、ギルバードにタウロスの四人に今日は招いてくれてありがとうと告げる。  それが社交辞令だという事にはリューネ以外の三人は気が付いていた。そして、殿下はタウロスに促されてホールの中心より少し、前に進むとよく通る声で言った。 「…今日はキエラ侯爵のご子息のイサギ殿の婚約披露だ。皆、思う存分に楽しんでいこうではないか。では、今から始めよう!」 一際、大きな声で呼びかけると会場が一気に盛り上がった。それは賑やかにパーティーは幕を開けた。 ルイス殿下は一通りの事を終えると主催者のキエラ家の面々の元へと戻ってきた。リューネに、にこりと笑いかけるのを忘れない。それにどきりとしたがイサギに睨まれてすくみ上がる。 「こらこら。イサギ、ご婦人を怖がらせてはいけないよ。そんなに睨みつけたら、リューネ嬢も立場がないじゃないか」 「……殿下がリューネに笑いかけるのが悪いんでしょう。そうでなくても今まで、あなたにせっかく仲良くなった女性を盗られてきた身としては警戒はし過ぎるくらいがちょうどいいと思います」 「……言うね、イサギも。まあ、今回は譲るとしますか。君の妹君からも色々と文句を言われているし。ではね、リューネ嬢。イサギ以外の男には気を付けるんだよ。特に、あのダラー伯爵には。ああいう輩はいつ牙を向けてくるかわからないから。まあ、イサギは見かけは軟弱そうに見えるが意外と腕が立つからね。大丈夫だとは思うが」 「一言多いですよ、殿下は。確か、今日は妃殿下も来られているんでしょう。あちらでお待ちのようです。行かれなくていいんですか?」 イサギが睨みつけながら言うとルイス殿下は名残惜しそうにしながらも二人の側を離れていった。 その後、リューネはイサギと一番最初に中央で踊り、その後は兄のギルバードとも一曲踊ってホールの隅に移動した。イサギは他の令嬢にも請われて引き続き、ダンスをしていた。 そんな彼女に声をかけてきたのは赤茶色の髪と目をした中年の男性だった。隣にはイサギよりも濃い金色に輝く髪と目の貴婦人がいる。誰だろうと首を捻っていると男性が微笑みながらこう言った。 「…君がイサギ殿の婚約者のお嬢さんだね。話には聞いていると思うが。初めまして、私はルイ・セアラという。子爵の爵位を拝命している。一応、君の義父になるのかな」 口元には笑い皺ができていて温厚そうな人であった。隣の黄金の貴婦人もにこやかにリューネを見る。扇で顔を隠しているが。優しそうな人で高貴な雰囲気を持っている。 「…あなた、一応は余計よ。でも、可愛らしいお嬢さんで良かったわ。聞いていると思うけど、わたくし達には子供がいなくて。キエラ家から、養女の話が来た時はそれはもう驚きました。でも、喜びもしたのよ」 「そうなんだよ。まあ、君とイサギ殿に男の子が生まれたら。その子を子爵家の後継ぎにしようかなと思っている」 子供と言われてリューネは顔が熱くなるのを止められなかった。まだ、正式に結婚もしていないのに生まれてもいない子供の事を持ち出されてはかなわない。 当然、夫人は眉を寄せて子爵を窘める。 「あなた、本当にデリカシーが足りないわ。まだ、婚約をなさったばかりなのだから。そこまでにしましょう」 「…あ、すまない。他意はないんだ。でも、本当にイサギ殿の許嫁になってくれた事には礼を言うよ。何せ、彼はあの通り、女性が苦手でね。昔はそうではなかったんだ。やはり、ルイス殿下の姉君に恋をしてしまってから、変わってしまったんだと思うね。後、忘れてたけど。こちらの女性が私の妻でイリスという」 「紹介をするのが遅すぎてよ。ごめんなさいね、わたくしの事は母様と呼んでくれて構わないわ。ルイ様はこの通り、正直でおっちょこちょいな人だけど。父様と呼んであげて。喜ぶから」 にこやかに笑いながら言われてリューネは頷いた。 「…わかりました。ルイ父様、イリス母様」 「……まあ、何て可愛らしいの!!あ、あなたのお名前を聞いてなかったわ。教えてくれる?」 イリス夫人は素直に自分達を両親として認めたリューネにがばりと抱きついた。そして、名を尋ねてきた。 「あの。リューネ・アロウと以前は名乗っていました。ですから、リューネとお呼びください」 苦しい中でも返事をするとイリス夫人はさらに抱きしめる力を強めた。夫人からはほんのりと薔薇の香水の香りと白粉の香りがする。 柔らかくて温かい夫人に抱きしめられていると実家の母を思い出した。夫人ほど、細くはないが。それでも、十分に思い出せる。 「イリス。そこまでにしておきなさい。リューネ殿が困っているよ」 「あら、ごめんなさい。わたくしとした事が。では、今日はここまでにしておきましょうか。もう、わたくしも他にご挨拶しなくてはいけない方がいるし。リューネさん。いつか、我が家にいらしてね。待っているから」 子爵に促されて夫人はリューネを離した。そして、二人は手を振りながら他の客の元へと向かい、リューネはそれを見送った。
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