26話

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26話

 リューネはセアラ子爵夫妻が去った後、一人で壁の華となっていた。  イサギが他の客達と挨拶をしているのを遠目から眺めていたが。 やはり、自分が彼に相応しくはないという思いがこみ上げてくる。それに、ルイス殿下の姉君の事が気になって仕方がなかった。イサギがかつて、好きだった女性というだけで胸の内がざわざわする。 ため息をつきながら、下を向いた。いくら、イサギが自分を気に入ったと言っていても本心はわからない。すぐに、飽きられるかもしれないし。自分はあくまで庶民だ。珍しいだけだと言い聞かせる。 (…イサギ様はあれだけ、顔立ちは綺麗なのだから。引く手数多なはずよ。私がしゃしゃり出る機会はないと思った方が良いわ。ああ、何でこの縁談を受けてしまったのだろう。他の方々の視線が痛いわ) 自己嫌悪と後悔がない交ぜになる。そんな中でいきなり、ぽんと肩を叩かれた。顔を上げると朱色にも見える髪が目に入る。 「…リューネさん。何だか、気分が優れないようね」 そこにいたのはイサギの妹のリゼッタだった。顔は心配そうにこちらをみている。 「リゼッタさん。あの、ルイス殿下の姉君の事が気になっていて。先ほど、セアラ子爵ご夫妻が私に挨拶に来られて。その時に聞いたんです。イサギ様は姉君が好きだったと」 端的に言ったがリゼッタはリューネが何を言いたいのかわかったらしかった。ああ、その事ねと言いながら頷いてきた。 「確かに、兄様はルイス殿下の姉君のスサンナ王女の事が好きだったみたいね。初恋とでもいうのかしら。スサンナ王女は背丈が小柄で可愛らしい方でね。黄金の髪に青い瞳をしていらして。それはもう、美少女という言葉がぴったりだったわ。今はこのギロイア王国の隣にあるエルマク王国の王太子様の元に嫁がれて正妃となられているけれど」 「…そうなんですか。スサンナ様は今はおいくつになられているんですか?」 「…そうね。ギルバードの兄様が今で二十九歳だから。それより、三歳くらいは上でいらしたかしら。もう、王太子様との間に五人くらい、お子様をもうけておられるしね。確か、三人の王子様に二人の王女様がいらしたはずよ」 あまりの子沢山な事に驚きを隠せない。目を見開くとリゼッタは苦笑した。 「まあ、その。イサギ兄様はね。そのスサンナ様に嫁がれる前に自分の想いを告げたらしいわ。今から、十四年も前の話だけど。ちなみにその時、兄様は六歳でスサンナ様は十八歳にはなられていたっけね。けど、スサンナ様はまだ、あなたは幼いから年の近い人の方がいいと諭されたそうで。ものの見事にフラれてしまったわけよ。それから、一ヶ月後にスサンナ様はエルマク国に嫁がれてしまって。兄様はそれから、二ヶ月くらい、泣き暮らしていたと母様から聞いたわ」 なるほどと納得できた。でも、それだけではイサギが女性が苦手なのと可愛らしい物に目がない事の説明としては説得力が弱いような気がする。 「そうなんですか。でも、それだけではイサギ様が女性が苦手になってしまった説明にならないのではと思うんですけど」 「……ううむ。それはね。わたしも噂でくらいしか知らないのだけど。実はルイス殿下のせいらしいのよね。何でも、イサギの兄様はけっこう昔からもてたのよ。それに兄様、スサンナ様の事で玉砕した後は年の近いご令嬢方と積極的に関わるようにしてたの。けど、それが裏目に出てしまって。ルイス殿下はイサギ兄様が異性とばかり仲良くしていると思い込んで。それからはルイス殿下に何かと邪魔されてたそうよ。しまいにはご令嬢方に兄様はとんでもない変態で年上の人好きとか言いふらしたみたいでね。それから、イサギ兄様に近づく女性はいなくなったわ」 そうだったのかとリューネはイサギに大いに同情した。つまりはルイス殿下の言いふらしたいい加減な言葉を信じたご令嬢方に冷たい態度を取られたりして女性不信になってしまったらしい。そして、可愛らしい物が好きなのはスサンナ王女を思い出させる物だから。普通は避けるものなのに。 けど、彼にとってはスサンナ王女が未だに理想の女性なのだ。その彼女の面影は忘れられるものではないのかもしれない。 そこまでを考えて、教えてくれた事にリューネはリゼッタにお礼を言った。そして、こちらにやってきたイサギに笑いかけた。 その後、リューネはイサギに先ほど、リゼッタから初恋の人であるスサンナ王女の事やルイス殿下の事を聞いたと話した。すると、イサギはあのおしゃべりめと悪態をつきながらも頷いた。 「…うん。確かに僕はスサンナ王女の事が好きだったよ。といっても、すぐに玉砕したけどね。後、あのバカ王子のせいで女性不信になったのも本当だ。その、リューネの事もルイス殿下に邪魔されやしないかと心配なんだ。だから、彼には気をつけて」 「わかりました。今後はイサギ様のお側を離れません。それはお約束します」 「ありがとう。君が理解してくれて嬉しいよ」 そう言いながら、イサギはリューネの頬に軽くキスをした。そして、抱きしめたのであった。
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