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3話
あれから、一週間が過ぎた。
薔薇の香油などで毎日、髪や肌の手入れをしていたおかげで見違えるように綺麗になったリューネは別人のようであった。
赤茶色の髪はよりしっとりとして柔らかになり、荒れていた肌も白くきめが細やかになっている。
「…たった一週間でこんなに美しくなるとは。タウロス様んとこはやはり、お金持ちなんだねえ」
「綺麗になったのとお金持ちがどこで結びつくんだか。母さん、あたしは家のために見合いをするんだから。忘れないでよ」
「わかっているよ。言ってみただけじゃないか」
「…どうだか。まあ、イサギ様はかなりの美男だというし。あの変な趣味があったとしても顔で差し引くわ」
なかなか、娘の方が現金なことを言っている。
イザベルはあきらめて黙ることにしたのであった。
そして、その日の昼間にリューネの家へ迎えがやってきた。
「…こちらにイサギ様のお見合い相手のリューネ殿がおられると聞いたのですが」
遠慮がちに尋ねてきた男性は黒い髪を丁寧に後ろに撫でつけ、衣服も黒の背広とキュロット、白いシャツに黒の蝶ネクタイと一般の人々とは一線を画している。 母のイザベルが応対に出たが、男性の斜め後ろにある馬車を見つけて仰天してしまう。
「…確かにこちらにはリューネはおります。それより、あなたはどなたですか?」
「ああ、申し遅れました。私はイサギ様の実家の地主、タウロス・キエラ様にお仕えしています、名をリチャードと申します。以後、お見知り置きを」
「リチャードさん、もしや。うちの娘の迎えに来られたんですか」
イザベルが尋ねるとリチャードは髪と同じ黒い眉を少し下がらせた。
「はい。こちらのお嬢さんをお迎えする為に私はやって参りました。主のタウロス様の命です」
少し口角を上げているので笑っているらしい。
焦げ茶色の瞳と黒い髪が印象に残る男性ではあるが。
「リチャードさんはよくいう執事さんでいらっしゃいますよね?」
「…はい。そうですが」
「まあ、とりあえずは娘を呼んできます。けど、執事なんて初めて見ましたよ」
その言葉を残して、イザベルはリューネを呼びに家の中に入った。
リチャードはその姿を見ながら、ため息をついた。
まだ、三十にもなっていない彼は次男のイサギが無事に結婚できるか心配であったのだった。
しばらくして、リューネは赤茶色の髪をバレッタで一つにまとめて、薄化粧をし、瞳の色と同じの薄藍色の丈の長めのワンピースに身を包んで出てきた。
白い肌はきめが細かく透明感があって、より彼女を輝かせている。
「…あなたがリューネ殿ですね?」
目を細めながら、リチャードが尋ねるとリューネは頷いた。
「はい、そうです」
「初めまして。私はタウロス・キエラ様の執事でリチャードと申します。今日はご次男のイサギ様のお見合いということでお相手のあなたを迎えに参りました。お母様には用件をお伝えしたのですが」
「一通りは聞きました。リチャードさんがイサギ様の御許まで連れて行ってくださると」
「わかっておられるのだったら、話は早い。では、早速馬車にお乗りください」
リューネがまた頷くとリチャードは馬車に近づいて扉を開けた。促されるままに歩き、入り口まで来る。
リチャードが素早くリューネの前に回り、手を黙って差し伸べてきた。
彼の手は白い手袋をはいていたのでそのまま、手を乗せ、中に入る。力強く握られ、リューネが上がり込みやすいように助けてくれた。
扉は閉まり、リューネとリチャードを乗せた馬車は静かに走り出した。
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