30話

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30話

 リューネは先ほどまでの気恥ずかしさを忘れて皿に盛られたサンドイッチを咀嚼した。  マヨネーズのまろやかな味とトマトの酸味がちょうどよく合っていてキエラ邸の料理人の腕に感嘆した。 こんなおいしいサンドイッチは初めてであった。ちょっと、イサギやリゼッタが羨ましくなった。 その後、黙々とオムレツも食べて皿にあったものは無くなっていた。それを見ていたイサギは仄かに笑いながら、おかわりはと聞いてくる。 「お願いします」 そう言うとまた、彼はサンドイッチを三個ほど皿に盛り付ける。リューネに手渡すと柑橘水も用意してくれた。 サンドイッチを食べながら、柑橘水も飲むと爽やかな後味が鼻を通り抜ける。リューネはサンドイッチを合計して四個食べて、オムレツも完食した。 野菜スープも一杯だけ食べると柑橘水で一息ついた。その間にイサギも手早く自分の食事を済ませたらしい。デザートのオレンジやリンゴを一口サイズにカットしたものも自分のとリューネのを持ってきた。 「…いい食べっぷりだね。うちの料理長が見たら喜ぶよ」 「…はあ、すみません。あんまり、美味しくって。食べ過ぎてしまいましたか?」 「そんな事はないよ。むしろ、ちょうど良いくらいだ」 イサギはそう言うと皿をリューネに渡してくれた。上には瑞々しいオレンジとリンゴがちょうど良いサイズに切り分けてある。 フォークで突き刺して食べると果汁が口いっぱいに広がる。オレンジの甘酸っぱい果汁を嚥下しながらリューネは気づけば、笑っていた。 「ううん。おいしいです。このオレンジ、私の家で食べるのより品質がいいかも」 「…どうだろう。まあ、このオレンジはこの国の南部で栽培されている品種だから。一般の市場で売られているのよりも味はいいかもしれないね」 「へえ。そうなんですね。南部と言ったら、フラーシア地方の事ですね。あそこはオレンジの栽培に適した気候なんですか?」 「確か、そうだったと思うよ。フラーシアは温暖で冬でもあまり、雪は降らないから」 ふうんと頷くとイサギはリンゴについても説明をしてくれた。それを聞きながら、食事の時間はあっという間に過ぎていった。 朝食が終わると侍女たちにリューネ用の寝室に戻るように言われた。イサギとは名残惜しいがここで別れた。彼も執務がある。何でも、兄の補佐をするために領地の経営などを勉強中らしい。 それを思い出しながらイサギ用の寝室を出た。が、リューネはうまく歩けないために侍女に支えられながら自室に戻った。 寝室にたどり着くとリューネは今日一日はゆっくり休むようにと言われる。義母のイリーナの配慮らしい。 昼間になって妹のリゼッタが見舞いに来てくれた。表情は少し、翳っていたが。 「…リューネさん。侍女たちから、体調が良い事ないと聞いたわ。大丈夫かしら?」 部屋に入ってリューネを見るなり、リゼッタはそう尋ねてきた。 「…え、ええ。その。足腰がうまく立たなくて。ちょっと、疲れてもいるみたいなんです」 「…本当ね。顔色が良くないわ。それに声が掠れているし」 声と言われてリューネは内心、ひやりとした。昨日は散々、イサギに啼かされたからだが。 それをリゼッタに察知されると後が面倒だ。そう思いながら、リューネは言い訳を考える。 「……リューネさん。もしかしてとは思うけど。兄さんと一晩、寝室にいたでしょ。もしかして、やっちゃった?」 唐突に言われてリューネは驚いてリゼッタを見やる。目を見開くとふうと大きなため息をつかれた。 「やっぱりね。お母様の言う通りだったわ。リューネさん、中には出されなかった?」 「……えっ。中って」 「……言葉通りの意味よ。やってる最中に腹に出すとかしないと子を身ごもってしまうから。避妊具、どうせ、兄さんだったら用意してないだろうし。仕方がない、わたしが避妊薬を用意するから。それを飲んで」 「わかりました」 頷くとリゼッタはちょっと待っててと言って部屋を出ていった。 しばらくして、赤茶色の液体の入ったカップを持ってリゼッタが戻ってきた。 「とりあえず、これを飲んでみて。わたしが普段、使っているものだけど。効果はあると思うから」 「…ありがとうございます」 「…正式に結婚していたら、こんなの要らないんだけどね。万が一、婚約中にリューネさんが身ごもってしまうと兄さんも困るし。何より、リューネさんが一番困ると思うから。結婚式を挙げるまではこれを飲んでしのいでちょうだいね。わたしだって本当はやりたくないのだけど。リューネさんや兄さんのためだしね」 「…なんか、すみません。ご迷惑をかけてしまって」 「いいのよ。これはわたしが勝手にやっている事だから。気にしなくて良いわ」 リゼッタはにこやかに笑いながら言った。リューネはカップを口元に持っていき、液体こと避妊薬を飲み込んだ。仄かな苦味と酸味が口内に広がり、眉をしかめた。 それでも、イサギやリゼッタのためと全部を少しずつ、飲んだ。飲み終わるとリゼッタはごめんなさいと言いながら、カップをリューネから受けとった。 「じゃあ、ゆっくり休んでね」 そう言いながら、リゼッタは部屋を出ていった。それをリューネは見送った。
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