31話

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31話

 互いの想いを確かめてからは一気に二人の親密度は上がった。  日を増すごとに二人の雰囲気は甘くなっている。これには妹のリゼッタもうんざり気味であった。 もう、勝手にすればという気持ちでいるらしかった。兄に大事な人ができれば、自分の恋もうまくいくと信じ込んでいたリゼッタは少し前の我が身に怒りたくなる。イサギがここまで婚約者のリューネには甘く蕩けそうな笑みを見せるのだから、何とも微妙な心持ちである。 今までは自分だけの兄だったのに。家族だったのにリューネの前では自分たちには見せない表情で接しているのだ。少し、リューネが羨ましくもあった。リゼッタは自分も新しい相手を探さなければとため息をついたのだった。 イサギは時間が許す限り、リューネと行動を共にしていた。だが、リューネは知らなかった。すぐそこに二人の別れが近づいている事に。 イサギは何も知らないリューネが可哀想で仕方がなかった。ちゃんと説明したほうが良いのはわかっている。けど、鈍い所があるが我慢強くもあるリューネを困らせたくはなかった。リューネは柔な少女ではない。それはわかっている。 それでも、キエラ邸からセアラ子爵邸がある領地までは馬車で行っても丸三日はかかる。二人きりでいられる時間を大事にしたいし甘い雰囲気を壊したくはなかった。 今も側でソファーに腰かけるリューネの柔らかな赤茶色の髪を優しく撫でる。 「…リューネ。今日も可愛いね」 低い声で囁けば、まだ初(うぶ)な所のあるリューネは顔や首筋、耳までうっすらと赤く染めた。それがイサギにしてみると可愛らしくてたまらなかった。 「…イ、イサギ様。私に可愛いとか言わないで。恥ずかしいですから」 「そんなこと、気にする事はないよ。リューネ、ここには他の人はいない。僕と君、二人だけだからね」 もう、子爵邸に行くのは後半月を切っているけどねと胸中で呟いた。リューネは顔を俯かせてしまう。イサギはそんな彼女の顎を指で掬いあげると緑色の澄んだ瞳で青いリューネの瞳を見つめる。「…まあ、そんなに照れなくていいよ。キス以上の事はしないから」 「……は、はあ。私、これ以上されるのかと思ってしまいました」 イサギはくすりと笑った。 「もしかして、少しは期待してた?」 妖艶に微笑むとリューネは顔を真っ赤に染める。いつも、彼女はイサギが甘い台詞を言うとこんな反応をしていた。イサギにしてみるとからかいたくなるのだから、人の心とは不思議なものだ。 「そんな、期待はしてません!むしろ、夜にするのも恥ずかしいのに」 リューネは両手で顔を覆ってしまう。イサギはくすくすと笑いを抑えきれない。 「…リューネ。今は婚約中だから、手加減してるけど。結婚したら今の比じゃないから。覚悟はしておいて」 正直に言うとリューネはさらに慌てだした。イサギは彼女の額にキスをすると優しく抱き締めた。 あれから、半月が過ぎてリューネはセアラ子爵邸に引っ越す事になった。さすがにイサギが教えないので痺れを切らしたリゼッタと母のイリーナが説明をしたのだ。これにはリューネは驚いていた。それと同時に何故、教えてくれなかったのかとイサギを責めた。 リューネは怒り、しばらくは口をきかないし夜、自分の部屋に来るのも禁止だと告げた。これにはイサギも顔を青ざめさせた。母と妹はリューネの言い分はもっともだといい、彼女の味方になる。そして、結局はリューネが子爵邸に行き、正式に結婚するまでお預け状態となった。 部屋で荷物を整えていたリューネは傍らにいたリゼッタとたわいもない話をしていた。 「…リューネさん。兄さんがごめんなさいね」 「…あの。私、気にしてませんから。イサギ様は後で謝ってくれましたし」 「それはそうだけど」 リゼッタはまた、ため息をついた。どうしたのだろうと思ったらリゼッタは気を取り直すように笑った。 「…いえね。わたし、母から縁談を勧められていてね。お相手はさる公爵家のご次男なの。顔立ちも整っているし性格も穏やかな方だから。リューネさんも心配しなくていいわよ」 「…リゼッタさん」 「ああ、本当に心配しなくていいから。わたしね、イサギ兄さんとリューネさんの二人を見てたら羨ましくて。だから、そんな風に思い合える相手が欲しくなったのよ。公爵家のご次男は名前をアラン様とおっしゃって本当に良い方なの」 そうなんですかとリューネが頷くとリゼッタは肩を軽く叩いた。 「…だから、リューネさんも兄さんと幸せになってね。わたし、応援しているから」 「…ありがとう、リゼッタさん」 リューネが微笑みながら言うとリゼッタは顔をほんのりと赤らめた。 「…リューネさん。お礼はまだ早くてよ。兄さんと本当に結婚してから言ってね」 「わかりました。じゃあ、イサギ様と正式に婚儀を挙げたら。その時に言います」 答えるとリゼッタはそれでよろしいと言いながらリューネの頭を撫でた。 あれから、半月も過ぎてリューネはキエラ侯爵邸を出てセアラ子爵邸へと出発した。馬車に乗る前にイサギや彼の両親、兄に妹のリゼッタと別れの挨拶を交わした。邸の執事や他の使用人たちとも別れをしてリューネは自分の世話役をしてくれていた侍女と馬車に乗り込んだ。
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