32話

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32話

 リューネは馬車に揺られながらセアラ子爵領を目指していた。  キエラ侯爵邸を出てから、二日ほど経っている。侍女のシェリナも向かいの席に座っていた。 「…お嬢様。お疲れではないですか?」 シェリナが心配そうに尋ねてくる。リューネは微笑みながら、答えた。 「大丈夫よ。シェリナも疲れてはいない?」 「わたしは大丈夫です。リューネ様は無理して我慢なさるから、それが心配で」 シェリナが真剣な顔で言うとリューネは苦笑いした。さすが、自分の身の回りを世話している侍女なだけはある。もう、リューネの性格を把握しているので内心、舌を巻く。 「…シェリナ。あなた、なかなかに私の性格をわかっているわね。でも、体力はそこらの貴族のお嬢様よりはあるから。安心して」 「まあ、そうですね。リューネ様は足が速いですし、腕力もおありですから。でも、慣れない中での旅です。少しでも、体調に変化がありましたら教えてくださいね」 わかったと答えたらシェリナはお任せくださいと手を握ってきたのであった。 馬車に揺られる事、三日でセアラ子爵領に入った。邸までは後少しになる。そんな中でリューネは中くらいの宿にシェリナと相部屋になった。隣に馬車の御者や護衛のキエラ侯爵家の騎士たち、従者が二人ずつ、部屋を取っている。リューネはシェリナに手伝われながら部屋で湯浴みを済ませ、寝間着に着替えた。荷物も整理してベッドに潜り込む。 シェリナも手早く湯浴みを済ませて寝間着を着て少し遅れてベッドに上がった。うとうとしかけていたリューネは首だけを動かすとシェリナに言う。 「…おやすみなさい、シェリナ」 「ええ。お休みなさいませ、リューネ様」 二人して挨拶を交わすと蝋燭の火をシェリナが消した。深い眠りについたのだった。 翌日も朝早くに起きて洗顔などを済ませた。シェリナは先に起きて身支度を済ませるとリューネの洗顔や歯磨き、荷物の整理などをてきぱきとこなした。リューネが歯磨きを終わらせると備え付けの鏡台の前に座らせる。髪を結い上げるためだ。 シェリナはリューネの髪を二つの三つ編みにするとそれをピンで留めてアップにするという髪型にした。こういう風にしておくと邪魔にならないのでリューネも好んで普段からこの髪型だ。 薄くお化粧もした。それらが終わると足首までのタートルネックのワンピースをリューネに着せた。後ろにチャックがあって前は鈕(ぼたん)はついておらず、シンプルなデザインになっている。 色は薄い青色で控えめだが。上にショールを着せて踵の低い靴を履かせた。 着替えが終わると二人は部屋を出て一階の食堂に行った。階段を下りると既に騎士たちや従者たちが朝食をとっている。 「…皆、朝が早いのね」 リューネがぽつりと呟くとシェリナが笑いながら答えた。 「…皆さん、いつもこうですよ。わたしも朝の四時くらいには起きて身支度を始めますから」 「そうなの。私も実家にいた時は五時くらいには起きてお手伝いをしていたけど」 そうなのですねとシェリナは驚きながらも相づちを打った。リューネは頷きながら食堂の隅にあるテーブルについた。シェリナも後に続く。 リューネは注文を聞きにきた宿屋の女将にライ麦パンと野菜スープ、サラダを頼んだ。シェリナは黒麦パンとトマトのスープ、はと豆のソテーを頼んでいた。 「…リューネ様はあっさり系が好みでいらっしゃいますね」 「うん。キエラ家にいた時もオムレツとかは別にしてあっさりとしたお料理を頼む事が多かったわ」 そんな話をしているうちにリューネの注文した料理がお盆にのった状態で運ばれてきた。ライ麦パンに人参や玉ねぎ、じゃがいも、キャベツなどがたくさん入ったスープ、キャベツやレタスにコーン、トマトやきゅうりが入ったサラダが皿に盛り付けられていた。 ベーコンやハムもサラダやスープに入っており、見ただけで美味しそうな料理である。 「あいよ。お嬢さんは細いからね。特別に大盛りにしときましたよ」 女将がにっこりと笑いながら言った。リューネはにっこりと笑ってお礼を述べる。女将は良いってと口にしながらも厨房へ戻っていく。 リューネはスプーンを手に取り、野菜スープをすくう。口に運ぶと程よい塩味と野菜の甘みが広がる。 「…おいしい」 そう呟きながらもスープを食べ続けた。ライ麦パンも固いがスープに浸すとちょうどよくなる。後でサラダも食べてリューネは完食した。横で食べていたシェリナもこれには驚いていた。侯爵邸では食事を残す事もあった彼女が割と大盛りにしてあったのに全部残さずに食べてしまったからだ。意外だと思いながらもシェリナは黙々と朝食を口に運んだ。 朝食を終えて、リューネはまた馬車に乗った。セアラ子爵邸までは一時間もかからない。リューネはシェリナに言って眠る事にした。 しばらくして、シェリナに揺り起こされた。まぶたを開けると馬車は止まっている。子爵邸に着いたらしい。リューネは髪や服装を簡単に直すとシェリナに助けられながら、馬車から下りた。扉は騎士のうちの一人が開けてリューネをエスコートしてくれる。 子爵邸の玄関前に停まっていて外にはお披露目パーティーで会ったセアラ子爵夫妻と執事らしき男性が待ち構えていた。 子爵ことルイ氏とイリス夫人が笑顔でリューネに声をかけてくれる。 「…やあ、王都からは遠かったろう。よく来てくれたね、リューネ」 ルイ氏は穏やかに笑いながら言うと夫人もリューネに話しかけてきた。 「…わたくしもリューネさんが来てくれるのを心待ちにしていたの。養女にすると決めたのは半年も前だけれど。やっと、一緒に暮らせるわね」 夫人はリューネの手を握ってにこやかに笑いかけた。 中に入り、執事や他の使用人たちとも挨拶をする。シェリナもリューネに続いて挨拶をした。その後、客室に案内されると執事がシェリナの代わりに紅茶を入れてくれた。 「…お嬢様、お茶の途中で申し訳ありませんが。キエラ家のイサギ様から手紙をお預かりしています。後でお読みください」 「…はあ、私に。わかりました、後で読むわ」 「そうしていただけると助かります」 紅茶の入ったカップをテーブルに置くと執事は懐のポケットから一通の手紙を出した。リューネに差し出してきたので受けとる。執事は手紙を渡すと失礼致しますと言って部屋を出て行った。 リューネは紅茶を飲む前にシェリナに言ってペーパーナイフを持ってこさせる。封を切ると中の便箋を取り出す。内容に目を通した。 『リューネへ 今、この手紙を読んでいるということはもう、子爵邸に着いたという事だね。実は君がそちらに引っ越すという事を僕はあらかじめ、知っていたんだ。 ただ、君に話すとすぐに行くと言いそうだから、黙っていた。本当に悪いとは思っている。 それでも、少しでも長く君と一緒にいたかったからね。子爵邸にリューネが行ってしまえば、最低でも半年は会えなくなる。そんなに待つのは僕には無理だから。 それでも、君が子爵家に養女として迎えられるのは決定事項だからね。僕の勝手でおじゃんにしてしまうわけにもいかないし。複雑ではあるけれど君が立派な淑女になるのを期待して待つ事にするよ。 だから、君も僕と会うのを楽しみにしてくれると嬉しい。では、これから冬が近くなるから体調には気をつけて。 愛しのリューネへイサギ・キエラより』 リューネは相変わらず、甘い言葉を綴るイサギに笑ってしまうのだった。
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