33話

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33話

 イサギから手紙こと恋文が来てから、リューネは返事を出した。  子爵夫妻が親切にしてくれたことや旅の道中での出来事を便箋三枚分ほど書いた。イサギがわざわざ、手紙を送ってくれたのはやはり、自分が心配だったのだろう。それをこそばゆく思いながらもリューネは封筒に入れて封蝋をシェリナに頼んだのであった。 リューネが子爵邸に来てから、二人は手紙でのやりとりを頻繁にするようになった。そうする内に一ヶ月が経っていた。 リューネはセアラ子爵夫人、イリスにキエラ家で教えられた事のおさらいをしてもらっている。特に領地経営や社交術などはまだ、基本しか習っていなかったので応用編をお願いしていた。 「…では、リューネさん。まずは社交術の一つだけど。ご令嬢方の噂話を聞く時は笑顔を絶やさない事が大事よ。後、適度に相づちを打ちながらも自分の知識もさりげなく話す。これがまずは基本ね。応用編としては扇で口元を隠しながら笑うとか。相手に流し目を送るのも効果的だわ」 「…そうですか。リゼッタさんからは聞いたりしてましたけど。扇にそんな使い方があったなんて。驚きです」 ふむと唸りながらリューネはメモ書きをする。イリスはそれからと言った。 「…同性の友人は一人でも作っておく事ね。事情通の方と知り合っておくのも良いわ。後、そうね。流行に聡い方も良いかしらね」 「それはそうでしょうね。流行に聡くて事情通な方と友人になっておいたら、後々助かります」 「まあ、そうね。リューネさんにおすすめといったら。同じ子爵家のご令嬢でスエズ家のアリシア様とかシェリフ伯爵家のご令嬢、イレーネ様あたりね。アリシア様とイレーネ様はお二人ともわたくしの友人の娘さんだから。仲良くしてくれるはずよ」 へえと言いながらリューネは頷いた。 リューネがセアラ子爵邸に来てからはイサギが会いに来る事はなかった。避妊薬を使っていたのでリューネが身ごもっている事はなかったが。だが、イサギと婚前交渉してしまっている事はさすがに言えなかった。義母のイリスや義父のルイは気づいていないようだが。そんな折にリゼッタから手紙が届いた。 女性らしい薄桃色にマーガレットらしき花の透かし模様が入った便箋と封筒にリューネはほほが緩む。 内容はこうであった。 『リューネさんへ お元気ですか? わたしは相変わらず、元気にしています。リューネさんが子爵邸に行ってから、二ヶ月が経ちましたね。 イサギ兄さんは相変わらず、元気にしています。けど、リューネさんがいないから寂しそうにしているの。それと以前にリューネさんが飲んでいた避妊薬なのだけど。あれ、まだ飲んでいるかしら? 鞄の中にはわたしが入れておきました。一ヶ月分は入れておいたから、何かあった時のために置いていてください。 では、敬愛するリューネさんへ リゼッタより』 封筒の中には二枚ほどの便箋の他に一枚の小さな紙片が入っていた。それにはこう書かれている。 『…この手紙は読んだ後、燃やしてください。リューネさんもその方が後腐れないでしょう?』 リゼッタらしい言葉が綴られていた。リューネはまた、微笑みながら封筒に便箋を折り畳んで入れた。紙片も入れて直した後、赤々と燃えていた暖炉の中に入れた。 便箋と封筒はすぐに灰になった。それを確認した後、リューネはため息をつく。部屋のクローゼットに近づいて開ける。 衣服が吊り下げてある下に革製の鞄が置いてあった。それを引っ張り出すとチャックを掴んだ。じぃっと音を立てて開けた。鞄の中を探ってみると底に近い方に白い紙の箱がある。片手に乗るほどの大きさで開けてみると中には手書きの説明書と白い小さな紙包みが三十個ほどあった。これが避妊薬らしい。リューネはしばらく見つめた後、箱をしまい、鞄のチャックを閉じた。クローゼットに鞄を入れると扉を閉めた。 (リゼッタさんは心配性だわ。私が他の男性と浮気するかもしれないからこの薬を入れたのね) 先ほどよりも大きくため息をついたリューネだった。 その後、年が明けてリューネは十七歳になっていた。セアラ子爵家に来てから、四ヶ月が経っている。 その間にイリスと共にウエディングドレスや披露宴用のドレスを採寸をして仕立て屋に注文していた。 二人でサロンで紅茶を楽しんでいた。 「…リューネさん。あなたが来てからもう、四ヶ月も経つのね。早いわ」 「そうですね。早いです」 返事をするとイリスはソーサーからカップを取り、紅茶を口に含んだ。リューネもカップを置き、時間が経つのは本当に早いとしみじみ思う。サロンには穏やかな夕暮れに近い日差しがあり、暖かくて居心地が良い。今は冬の真っ盛りに近いので昼間であっても暖炉に火を入れないと寒いのだが。サロンは日当たりが良いので暖炉に火を入れなくても十分過ごせていた。 それでも、二人ともドレスはタートルネックで厚手のものを着ている。「イサギさんがあなたを迎えに来るのはいつかしらね。リューネさんは頑張っているのに放ったらかしにしなくてもいいのに」 イリスが文句を言うがリューネは苦笑いするしかない。 「…放ったらかしだなんて。イサギ様は子爵家を引き継ぐために勉強をされていると聞きました。それが終わるまではこちらで待つと約束しましたから」 リューネがそう言うとイリスは眉尻を下げて困ったように笑う。 「まあ、ものは言いようね。でも、一度くらいは訪ねてきても良いと思うのだけど」 「…イリス様。イサギ様は私と会うと我慢できそうにないからと手紙を書いていました。だから、結婚までは待とうと思っています」 「…わかったわ。リューネさんが言うんだったらこれ以上は黙っておきましょうか。けど、少しでも会いたくなったらいってちょうだいね」 「ありがとうございます。けど、本当に会えなくても手紙のやりとりだけで満足していますから」 リューネが言うとイリスは健気な子だわと笑った。彼女の頭を撫でたのであった。
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