34話

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34話

 手紙のやりとりをするだけになってから、さらに五ヶ月が経った。  イサギはまだ、子爵家の運営について勉強中でリューネを迎えに来る事はない。 イリスやルイは心配をしてくれるがリューネは大丈夫だと言って押しきっていた。冬も真っ盛りの二月に入り、リューネは厚手のセーターやショールが手放せなくなっている。 手に息を吹きかけて温めた。こうでもしないと空気が冷たくてかなわない。 「…ふう。寒いわ」 部屋の暖炉の前で手を擦り合わせながら火に当てる。先ほどまで外の庭で草引きをしたり、草花を植えたりしていたのだが。イリスは最初、やらなくてもいいのにと言っていたがリューネが何度か頼みこんでやっと、許可をもらえた。セアラ子爵邸ではキエラ侯爵邸よりものびのびとした日々を送れるようになっている。侍女のシェリナが遅れてやってきた。リューネは既に手は洗っている。が、着ているシャツやズボンは土や草の汁などで汚れていた。 「…リューネ様。着替えもなさらずに何をしているんですか。手さえ洗っていれば良いというのは虫がよすぎますよ」 シェリナからきつく言われてリューネは肩をびくりと揺らした。 「…だ、だって。ドレスやワンピースは動きづらくて。シャツやズボンで過ごすくらいは良いでしょう?」 上目遣いで言ったがシェリナは頑として首を横に振った。 「いけません。ちゃんとワンピースくらいはお召しになってください」 シェリナに注意されてリューネは渋々、足首までの丈の薄桃色のワンピースに着替えた。髪も三つ編みにしていたのをピンを使ってアップにしてまとめた。顔や他の汚れた部分は水で濡らした布で念入りに拭き取る。全部、シェリナ一人でやり、終わる頃には夕暮れ時になっていた。 夕食をとった後、リューネはイサギから手紙が届いていると執事から聞き、飛び上がるくらいに喜んだ。 それには、自分が子爵家の後継ぎになるための勉強がだいぶ進んだ事や武芸も学んでいる事、元気にしていることが綴られていた。それを読むだけでリューネはじんわりと胸が温かくなる。不思議な気持ちだと思ったのであった。 あれから、さらに一ヶ月が経って半年が過ぎた。リューネが十七歳になって二ヶ月が経った。 季節は春も浅い三月でまだ、寒かった。風も空気もひんやりと冷たい。昼間にリューネはまた、庭の手入れを一人で行い、シェリナにお小言をもらいながらも身支度をしていた。執事がまた、手紙を持ってきたのだが。髪をまとめた直後で部屋に入った上であったのでリューネは驚いていた。シェリナも珍しいですねと言う。 それでも、何事かと思いながら宛名を見てみた。イサギからだった。ペーパーナイフを自分で取って封を開けてみる。 『リューネへ 元気にしているだろうか? いきなりで悪いんだがどうしても知らせたい事があって手紙を書いたんだ。 君の義理の父君のセアラ子爵から実は王都の別邸を譲られたんだ。そのために勉強をして王城に書類も提出した。君と一緒に暮らす手筈は整えたから。じゃあ、また会える日を楽しみにしている。イサギより』 手短に綴られていてリューネは珍しいなと思った。だが、それよりも子爵から別邸を譲られたとは驚きだ。リューネは思わず、シェリナに言っていた。 「…シェリナ。イサギ様が私の父様から別邸を譲られたと手紙に書いているわ。私との結婚も書類申請したみたい」 淡々と告げたらシェリナは持っていたブラシを落としそうなくらい、驚いてしまう。そして、リューネの手を握ってはしゃいだ。 「…まあ、本当でございますか?」 「うん、ここにそう書いてあるわ」 そう言って見せるとシェリナは覗きこんだ。ざっと読みをするとさらに顔を綻ばせた。 「良かったですね。これでわたしも安心できます!」 えらい喜びようにリューネは頷くしかなかった。なかなか、実感が湧いてこないせいでもあったが。 イサギが迎えに来るのはそれから一週間後だった。 本当に手紙に書いてあった通り、イサギが子爵家の別邸を譲られたのは本当だった。リューネが晩餐の時間に義父のルイにきくとその通りだと答えたからであった。リューネはイサギが本気で自分との結婚を考えているのだと、やっと実感できた。 そうして、一週間後のある日に侯爵家の馬車が子爵家に横付けされた。中からは白の燕尾服に同じ色の革靴を履いたイサギが出てきた。御者にはキエラ侯爵の執事、リチャードがなっている。 イサギは門前に出迎えるためにいたリューネに微笑みかける。 「…久方ぶりだね。リューネ。綺麗になった」 そう言われてリューネは頬を赤らめた。イサギも髪を丁寧に撫で付けて頬の辺りもすっきりとしていて凛々しくなっていた。以前よりも美男度が上がったような気がする。 「…こちらこそ、お久しぶりです。わざわざ、迎えに来ていただいてありがとうございます」 そう言いながらリューネは膝を折ってワンピースの裾を摘まんで挨拶をした。それを眩しそうに眺めながら、イサギはリューネの前に膝まずいた。 「…リューネ、遅くなってごめん。正式に結婚を僕としてほしい。いいかな?」 イサギはそう言ってリューネの手の甲にキスをした。リューネは黙って頷いた。了承の意と受け取ったイサギは立ち上がると満面の笑顔を浮かべる。リューネの頬を手で包むと額にキスをしたのであった。
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