35話

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35話

 リューネとイサギは馬車に乗り込むとキエラ邸に向かった。  リューネの支度をするためだ。 「…本当、遅くなってごめん。セアラ子爵の跡を継ぐための勉学と手続きでここまでかかってしまった。けど、安心して。結婚式と披露宴をしたら、セアラ子爵家の王都の別邸に引っ越すだけだから」 イサギはそう言うとリューネの手を握った。 「イサギ様。本当に侯爵家の方なのに。子爵になってしまったら、色々と世間から言われますよ?」 リューネが言ってもイサギは嬉しそうに笑うだけだった。 「良いんだよ。言わせておけば。けど、俺の心配をしてくれるとはね。思ったよりも嬉しいものだね」 「…イサギ様。私は真面目に言っているんですけど」 「まあ、そう怒らなくても。けど、キエラ邸までは三日はかかるから。リューネ、それは覚悟しておいて」 リューネは仕方なく、頷いておいたのだった。 それから、三日が経ち、リューネはキエラ邸に到着した。宿に泊まりながらの旅だったが。思ったよりも精神的に疲れていた。 イサギが彼女をからかったせいもある。手を出されなかったので拍子抜けしてもいるが。 キエラ邸では早速、リゼッタとイリーナ、実家にいたはずのアロウ家の面々もいる。父のアサギと母のイザベルは娘のあまりの変わりように驚いた顔をしていた。姉のリンカと弟のシュウも驚いてはいたが、真っ先にリューネに気づくと小走りで近寄ってきた。リンカはリューネを見て、涙を流して抱きしめてきた。 「よかった。元気そうで何よりだわ。キエラ侯爵様があたし達も結婚式に招待したいとおっしゃって。それで、こちらまで来たの」 「…姉さん。あの、キエラ侯爵様はどちらにいるの。姿が見えないのだけど」 「ああ、侯爵様はね。なんか、結婚式の準備のために王都へ行かれていると聞いたわ。婚姻の報告と手続きをしにとは言われたけど」 そうなのと言うとリンカはそっとリューネを離した。ごめんなさいねと言いながら、リューネの肩に手を置く。 「…けど、イサギ様とうまくいっているようでよかったわ。リゼッタ様からは聞いていたのだけどね。辛い目にあわされていないか心配だったの」 「…そう。わざわざ、来てくれてありがとう。リンカ姉さん」 お礼を言うとリンカは気にしないでと言いながら微笑んだ。 リゼッタとイリーナにも挨拶を済ませるとリューネはシェリナと二人で先に自分の部屋に戻った。 そして、四日が経ち、リューネは朝早くから身支度に大忙しであった。お昼近くになって、ドレスを身に纏い、ベールを付けてもらう。お化粧もいつもより、少し濃いめにしてある。 髪もアップにして真珠のネックレスやイヤリングもつけていた。ドレスにも細やかな刺繍がしてあり、腕の部分もきめの細かいレース編みが施してあった。ちなみに義母のイリーナが着ていたものを手直しをしてリューネが着れるようにした。 さて、リューネは身支度を整えて父のアサギが来るのを待った。イサギはまだ、リューネの花嫁姿を見ていない。シェリナたちがイサギ様のこの後の表情が楽しみだと言っていた。リューネにはなんの事やらわからなかったが。 しばらくして、リューネの控え室に実父のアサギが入ってくる。珍しく、庶民には高価なスーツの上下を着込み、白のネクタイをしていた。靴も革製の先の細いもので新品らしかった。スーツも同様だ。 「…父さん。そのスーツ、よく似合っているわ」 ぽつりと呟くように言うとアサギは困ったように笑った。 「…いや。その、このスーツはキエラ侯爵様が注文して作ってくださったものでな。昨日の夜にうちに届けられたんだ。いやあ、いきなり執事のリチャードさんが来た時には驚いたよ」 アサギはそう言いながら、わははと笑う。 父の話によると、結婚式の前日の夜にアロウ家に執事のリチャードが連絡もなしに来たらしい。そして、大きな紙包みを乗ってきた馬車から取り出すと父のアサギを呼び出した。『アサギ殿。我が主の侯爵様からあなたに贈り物です。明日はお預かりしているリューネ様の結婚式ですので。出席してくださると嬉しいのですが』 リチャードからそう言われてアサギは驚きながらも家の玄関口から外に出た。 『…リューネの結婚式だって。本当にイサギ様と結婚するのですか?!』 アサギが大声で叫んだらリューネは冷静な顔で頷いた。 『ええ。本当です。今はリューネ様はセアラ子爵の養女になられて。子爵のご料地にある邸にてお過ごしです』 それを聞いてアサギは唖然とした。まさか、自分の娘がお貴族様の養女になる日が来るとは。しかも、侯爵家のご子息様と結婚までするだなんて誰が予想できるだろうか。 アサギの驚きをよそにリチャードはさっさと彼に紙包みを手渡した。一礼をして馬車に乗り込んだ。 『では、アサギ殿。失礼致します。明日、お会いできるのを楽しみにしております』 そう言って馬車の扉は閉じられた。少しして、御者が馬に鞭を入れて馬車は走り出した。リチャードを乗せた馬車はアロウ家の玄関から離れていく。アサギは紙包みを手に見送ったのだった。 アサギが語り終えのでリューネはため息を盛大についた。あのリチャードらしい。鮮やかな手際の良さには舌を巻く。 「父さん。リチャードさんが届けてくれたスーツ、それは王都でも有名な仕立て屋のものよ。生地も縫製もそんじょそこらのものじゃないと思うわ。まあ、侯爵様からの贈り物だと捨てられないものね。大事にしたら良いと思う」 「…そうだな。そうするよ」 アサギは苦笑しながら頷いた。そして、リューネを見て感慨深そうにした。 「…まさか、姉のリンカよりお前が先に嫁に行くとはな。リューネが小さい頃には想像すらしていなかったよ」 「あたしも予想してなかったわ。けど、父さん。あたしが子爵家に行っても家具屋は続けてね。姉さんにもシュウにも良い人ができるように協力はするから」 「わかったよ。まあ、リューネに頼らなくてもリンカとシュウは自分で見つけるだろう。気持ちは受け取っておくよ。ありがとう、リューネ」 養女になっても実家にいた時と変わらず接してくれる父にリューネは敢えて、聞かないでおいた。たぶん、侯爵の配慮なのかもしれない。それか、父が緊張をほぐすためにしてくれているのか。そのどちらかだろう。そう思いながら、リューネはベールに包まれた状態ではあったが微笑みかけた。 ヴァージンロードを父のアサギが差し出してくれた腕に手をかけて、リューネはゆっくりと歩いた。高いヒールはやっと慣れたので痛みはしないが。長いベールとドレスの裾に足をとられそうになりながらも壇上にいるイサギに近づいていく。 石床に敷かれた赤色の絨毯の上を歩いていくと白のモーニングスーツを身に纏って太陽の光に黄金色の髪と淡い翡翠色の瞳を輝かせたイサギが佇んでいた。リューネの姿を見てとって蕩けそうな笑みを浮かべる。 神官が佇む壇上に続く階段のすぐ前までやってきた。イサギが階段を下りて二人の前まで来る。アサギは歩みを止めてイサギに視線を向けた。リューネはアサギの腕に添えていた手を外してイサギに近づいた。彼の手が力強くリューネの手を握る。階段を上がるのを助けてもらう。 壇上に上がると神官が誓約の言葉を読み上げた。 「…汝は健やかなる時も、病める時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、リューネ・セアラを愛し、敬い慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことをここに誓いますか?」 「誓います」 イサギが誓いの言葉を言う。神官は頷いてリューネを見る。 「…リューネ・セアラ。汝もその命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」 「誓います」 リューネが答えると神官は頷いた。「…では、誓約書にサインを」 ペンを手に取ってイサギがサインをする。後に続いてリューネもサインをした。 「これにて、二人の婚姻は成立しました。指輪の交換と誓いの接吻を」 ベールを上げる前にイサギとリューネは指輪の交換を行う。イサギは銀のシンプルな指輪を箱から出すとリューネの指に嵌める。神官の前にある壇に指輪の入った箱が置いてあり、リューネも手に取る。イサギの指にそれを同じように嵌めた。 ついに、イサギはベールを上げてリューネを一瞬だが見つめた。その後、頬に軽くキスをイサギはする。 唇にはされず、驚いていたら神官は声を張り上げて告げた。 「…これにて、二人は正式に夫婦になりました。神の祝福があらんことを!」 その後、イサギの両親や二人の兄、妹のリゼッタが一番に立ち上がる。少し遅れてリューネの実の家族のアロウ家全員、セアラ子爵夫妻も立ち上がった。他の参列していた人々も立ち上がり、一斉に拍手と歓声を挙げた。 「「イサギ、おめでとう!」」 「これでおかま疑惑は消えたな!」と叫んだのは兄だった。 それにうるさいと悪態をついたのはイサギだった。リューネはお腹を抱えて笑う。 小さくため息をつきながらもイサギはリューネの背中と膝裏に両手を差し込んだ。 「…うわっ!」 リューネは思わず、叫び声をあげた。イサギが力強く、リューネを横抱きにして抱えあげたからだ。 皆、驚きながらも拍手をより贈る。「…リューネ。兄さんの言ったことは忘れて。俺がおかま呼ばわりされていたのは昔の話だから」 あんの馬鹿兄貴と言いながら黒い笑顔でイサギは言った。それにひきつった笑顔で頷いたリューネだった。
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