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9話
イリーナはリューネにこう言った。
「…まずはあなたにお食事の作法を教えましょう。朝食を一緒に摂りながら、やります。それから、お辞儀の仕方や紅茶の入れ方、ドレスを着た時の歩き方。後は夜会などでのダンス。覚えることは多岐に渡りますよ」
「…あの、多岐というのは?」
「いろいろあると言うことよ。まずはお食事の作法から教えましょうか。シェリナ、用意をお願いね」
シェリナはかしこまりましたと返事をすると扉を開けて部屋を出ていった。
そして、リューネの花嫁修業の一日目が始まった。
イリーナの指導は時には細やかに、時には厳しいものだった。
「…リューネ殿、スプーンの持ち方が間違っていますよ。左手ではなく、右手で持つの」
「は、はい。わかりました」
慌てて持ち直しながら教えてもらった通りに音を立てないように静かにスープを掬い、口に運ぶ。
前菜の時も一口は少な目にと教えられた。おかげで食べ終わるのに通常の倍は時間がかかってしまった。
コルセットのせいもあり、あまりお腹に入らない。
「…リューネ殿、下を向かない!お食事の時でも姿勢は綺麗にまっすぐを忘れないでちょうだいね」
「はい!」
そんな感じでイリーナのお食事の作法猛特訓は終わったのであった。
次は正しいお辞儀のやり方を教えられた。これでも、貴族のご令嬢のお作法入門編らしい。
「足は膝を曲げて開いて。そして、裾を両手で摘んで広げる。上半身は前に曲げるのよ」
「…はい。けど、膝が痛いです」
「そこは我慢して。慣れれば、何とかなります」
慣れればってそんなこと言われてもとリューネは涙ぐむ。
イリーナは熱心に教えてくれるがまだ一日も経っていないから、付いていけない。
実家の両親を思い出しながら何とか、気持ちを奮い立たせたのであった。
昼食になってからも朝の特訓のおさらいがあり、イリーナはへこたれそうになる。
「リューネ殿、お昼になったら、紅茶の入れ方も教えますからね」
「本当に覚えることはいっぱいありますね。ご令嬢方を尊敬します」
「尊敬など。貴族であれば、当たり前の事ですよ」
「…そうですね。頑張ります」
リューネがそう言うとイリーナは気長に行きましょうと答えた。
昼食が終わると一時間の休憩をもらう。その間にリューネは少しだけ、仮眠を取る。
今日はイサギに会えていない。
ため息をつきながらもイサギの面影を思い出した。
エメラルドのような澄んだ緑の瞳や光に透けてしまいそうな金色の髪は男性とはいえ、美しいと思った。
けど、可愛くて小さな物が好きというのは信じられない。子猫や子犬を見ては、目で追っているという噂話は聞いたことがあった。
何で、そんな性格になったのだろう。不思議でたまらない。そう思いながらもうとうとと眠気がやってくる。
暑い太陽の光も心地よい子守歌のようだ。
リューネはそのうち、眠ってしまっていた。
その時、扉を少しだけ開けて、見つめている人影があった。気を使ってシェリナはこの場にはいない。
その人は部屋に入ると眠っているリューネに静かに近づいた。彼女のすぐ側まで来るとリューネの頬にかかった髪を払ってやる。
「…リューネ」
名をささやくと彼はリューネの額にそっと口づけした。
それでも、彼女は起きなかったが。
彼はリューネを起こさないように再度、気をつけながら、部屋を出て扉を閉めたのであった。
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