エピローグ

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エピローグ

 眠っている間、私は真っ暗な王座のような場所に座らされ、アンデッドたちの恨み言や懺悔、心残り……とにかくもう途方もない相談に乗っていた。  飼い主と遊べずに亡くなった犬の魔物とフリスビーを投げて遊ぶ、一度も恋人ができずに亡くなった男のアンデッドと遊園地でデートする……などなど、夢の中では想像すればいろんなものが出てくるので、できる限りアンデッドたちの願いを叶えて旅立たせてきた。  そして、ついに最後のアンデッドを旅立たせる日がやってきた。 『お姉ちゃん、ありがとう』  このアンデッドの男の子の願いは、お母さんになってほしいだった。  なので私はご飯を作ったり、一緒に添い寝をしてあげたりと、一日お母さんを演じたのだ。 『旅立たせるアンデッドって、僕で最後なんでしょう? お姉ちゃんは、これからどこに行くの?』  心残りがなくなり、旅立とうとしていた男の子が質問してくる。 「うん? 私はねー、大切な人たちのところ、かな」 『それって家族? それとも恋人?』 「こ……っ、え?」  不意打ちな質問だった。まさか、十歳の男の子の口から『恋人』なんて言葉が飛び 出してくるとは。  でも、言われてみれば……私にとってアーネスト様とレノって、どういう存在なんだろう。 「一緒にいるとドキドキするのはアーネスト様で、ほっとけないなと思うのはレノ……。アーネスト様と話してると喧嘩口調になっちゃうけど、それがなんか楽しいっていうか。レノは私とアーネスト様の会話に入れないといじけたりして可愛いし、どっちといても安心するし、うーん……わからん!」  発狂する私を見て、男の子と背もたれの縁に止まっていたフェニちゃんが顔を見合わせる。 『それ、どっちも好きなんじゃない?』 「……え、それダメじゃない? 私が二股かけてるってことになるよね!?」 『いや、付き合ってないからならないと思うよ』 「そ、そう?」 『どっちも好きだけど選べないなら、これからは恋愛対象としてふたりと向き合ってみたらいいんじゃない?』 「なるほど!」 『頑張ってね、お姉ちゃん』  ひらひらと手を振りながら、旅立っていく男の子に「うん!」と手を振り返す。 「あれ……今さらだけど、自分より一回りも幼い子供に恋愛相談してる私って……恋愛経験値なさすぎない?」 『これから積んでいけば、よいのではないですか?』 「それもそうだね。いよいよ帰れるのかー、フェニちゃんももちろん一緒に帰れるんだよね?」  振り返れば、フェニちゃんはバサリと膝の上に飛んでくる。 『あなたが覚醒した今、もう地上にいる必要はないのですが……あなたとの地上での生活が楽しくて、まだいたいなと……』 「いてくれたら、私もうれしい」  フェニちゃんと和やかに見つめ合う。こんな場所に閉じ込められても耐えられたのは、フェニちゃんのおかげだ。 「そうだ、フェニちゃんが私のそばにいたのって、私が聖女として覚醒するかどうかを見極めるため?」 『はい、これまでも聖女になりうる素質がある魂はいくつかありました。ですが、そこから覚醒できるのはほんの一握り。異端だと拒絶されることに耐えられず自死するか、悲しいことに命を奪われるか、心を壊して慈悲の心を失ってしまうか……そのいずれかの結末を迎えた者たちばかりでした』 「そう、そんな聖女候補の子たちを見守るのって、つらい役目だね……」  フェニちゃんは、一体何人の聖女候補たちが壊れていく様を見つめてきたんだろう。 『ええ……私が聖女に選んだばっかりにと……自責の念に駆られることもありました。闇出づる聖女は血統ではなく、魂で選ばれる。世界の闇を知り、死を知り、それでいて生がどれだけ素晴らしいかを知る魂の持ち主にしかなれないのです。ですから、真白なる聖女よりも選ぶのが難しい』 「それで、闇出づる聖女が長らく不在だったんだ」 『はい……世界を隅々まで照らす力強い太陽と同じくらい、優しく包み込む月の光や誰もが抱く憎しみや悲しみといった負の感情を覆い隠してくれる闇が必要なのです。でも、それを理解できる者は少ない。陰で世界を守り続けるつらい役目ではありますが、この世界にはあなたが必要です』  私が、必要……。  その言葉に、自然と笑みがこぼれる。 「フェニちゃん……大丈夫、私は今の自分を気に入ってるんだ。私にしかできないことがあるって、私にとって物凄く幸せなことだから。だから、これからも私を見守っていて」 『イブ……はい。いつまででも』  私たちは顔を見合わせて笑う。 『では、そろそろ戻りましょう。向こうでは一年が経っていますが、あなたの身体は私が責任を持って守っていますので、ご心配なく』 「うん、ありがとう。それじゃあ帰ろう、みんなのところへ」  フェニちゃんが光り出し、真っ暗な世界が白く塗り替えられていく。私は目を閉じ、首を長くして待っているだろうふたりの姿を思い浮かべた。    ◇◇◇ 「んん、ん……ふああっ、よく寝た」  瞼越しに日の光を感じ、私は目を擦りながら大きなあくびをする。目を開けると、大の男二名の顔面が視界いっぱいに広がった。 「アーネスト様……レノ……ちょっと、近くないですかねえ……」  ふたりはベッドの両サイドに座り、私に覆い被さっていた。  驚きと恥ずかしさが同時に襲ってくる。あの子がふたりのことを好きなんじゃないかとか言うから! 「……起きて第一声がそれって……お前らしいな」  レノが呆れ半分に苦笑いしている。 「アンデッドが何体いようと秒でお悩み解決してくるって威張ったのは、どこの誰だ。どれだけ待ったと思ってる」  目覚めて早々、アーネスト様が睨んでくる……。なんでだろ、いつもならふて腐れるところなのに、懐かしくてうれしくて怒れない。 「もう、本当なら何十年も何百年もかかるはずだったところを一年で戻ってきたんですから、褒めてくださいよ! 一年ですよ、一年!」  指を一本立てて理不尽ですと訴えれば、アーネスト様にその指を握られた。 「アーネスト様?」 「……っ、よく戻ってきた」  俯いたアーネスト様が掠れた声で、そう言った。素直じゃないし、不器用な人だと思う。だけど、そんなアーネスト様が私は……。 「顔を見せてくれ、お前と見つめ合えることを……実感させてほしい」  私の前髪を掻き上げたレノ。涙の膜が張られたその瞳に、胸がきゅっとなる。 「……心配かけて、ごめんなさい。ふたりのところに帰ってこれて……っ、よかっ……たあ……っ」  涙が込み上げてきて、私はがばっとふたりの首に抱き着いた。ふたりが驚いているのが、びくりと跳ねた身体から伝わってくる。 「本当は……っ、ひとりでアンデッドを受け入れたときも、夢の中にいるときも、ずっと……っ、ずっと怖かったっ……もう、ふたりのところに戻ってこられないんじゃないかって……っ」  アーネスト様とレノにしがみつき、私は「うう~っ」と子供みたいに泣きじゃくった。  すると、ふたりの手が私の背をぽんぽんとあやすように叩く。 「初めから、そう言え」  アーネスト様は困ったように笑い、私の涙を指で拭った。 「誰が敵に回ったって、俺たちはお前が望むなら、その望みのためにできることをする。俺たちのことも、信じてほしい」 「レノ……うん、ありがとう」  そう返事をして、ふたりの腕の中でしばらくじっとしていた。その間、ふたりは私が眠ったあとのことを話してくれた。  ブレイク様は異端審問にかけられたが、教皇の弟ということもあり、火刑は免れた。とはいえ、国を脅かした罪は重く、全役職の剝奪及び無期限の投獄を言い渡されたそうだ。  次の西枢機卿が選ばれるまでは、クリストファー様がその職務を代行するらしい。  災禍に見舞われたセントキャヴィンの町は、建物の損壊や負傷者で深刻な被害が出ていたそうなのだが、町に残ったアレッサンドロ騎士団長のおかげで幸いにも死者は出なかった。  この一年でだいぶ復興も進んだようで、以前と変わらない街並みに戻ってきているそうだ。 「よかった……ベンジャミン先生も、ケイレブさんも、みんな無事ならそれで」  いつの間にか、私は自分が生まれた世界じゃないこの場所の人たちの一員になっている。  あの世界を思い出さなくなるだけ、私はこの世界を帰る場所だと思うんだろう。ううん、もうなってる。 「アーネスト様、レノ……私、ふたりのことが大好きです」  ふたりのことが大好きだ。それが恋だろうが、なんだろうが、もうどっちでもいい。 「ただただ大切で……って、聞いてます? 私、ふたりのことが……」 「もう黙れ」  そう言ったアーネスト様と、無言のまま目を背けたレノの手が私の口を物理的に塞ぐ。 「んぐっ……」  私、怒られるようなこと言ったっけ?  私はふたりの手をべりっと剥がした。 「あの、ここは『俺たちも同じ気持ちだよ』で、ほっこり和やかムードに突入するところだと思うんです」  そう言ったときのふたりの反応は、まちまちだった。アーネスト様は凄んでいたし、レノは真剣な表情をしていた。そして、ほぼ同時に顔を近づけてくる。 「「俺たちも同じ気持ちだよ」」  ふたりは声を揃えてそう言い、私の頬に唇を押しつけてきた。 「……は?」  目をパチパチしながら、止まった思考をなんとかフル回転させる。  え、今のキス? いや、なんでキス?   なにをされたのか理解した瞬間、カーッと顔が熱くなった。 「は……は!?」 「おい、その反応はなんだ。で、ほっこりはしたか?」  なんだか含みのある言い方で、アーネスト様が挑戦的に笑っている。そして、チョーカーについた十字架をちりんっと指で弾かれた。それにドキドキしていると、レノが苦い笑みを浮かべる。 「まあ、お前らしいな」  出会った頃から考えれば、ふたりとの関係はかなり変わった。  この先どうなっていくのかはわからないけれど、私たちの在り方がどんな形になったとしても、きっとこうして一緒にいるんだろうな。  なんて考えていたら、バンッと部屋のドアが開く。 「イブ様ーっ」 「起きてる、うちの眠り姫」  コレットとヴェネット、それからフェニちゃんが部屋に飛び込んできた。  コレットとヴェネットは思いっきり抱き着いてくるし、フェニちゃんは「ピーッ」と私の頭の上に不時着する。 「ちょっ、もう……私のベッドの人口率、おかしくないですか?」  照れ臭くて素直にうれしいと言えない自分が不甲斐ないけれど、私は今本当に幸せだ。  窓から見える青空を仰ぎながら、私にこの人生をくれたもうひとりの彼女に思いを馳せる。  だからイブ、あなたも新しい世界で笑っていてね。私はアーネスト様とレノがいるこの世界で、これからも生きていくから──。 (おわり)
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