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序章 刑期百年の怪物
一九七〇年 某日 ロンドン某所。
石造りの薄暗い部屋の中で、黒い箱に長い金髪の怪物が寝そべっている。白磁の肌はビスクドールのようになめらかで、眼下に嵌め込まれた瞳はエメラルドのように無機質な輝きを放っていた。
顔に傷のある男が黒い箱のそばに跪き、怪物の左胸に杭をあてがう。
「なにか、最後に言い残すことはあるか?怪物」
男の言葉に、怪物はエメラルド色の目で天井を見つめながら口を開く。薄い唇の端からは、鋭い犬歯が覗いて見えた。
「じゃあ、教えて欲しいんだけどさ。僕の罪って結局何だったわけ?」
怪物の問いに、男はしばし沈黙する。
「人を殺したことが罪だった?それとも、怪物であることが罪だった?」
「…………………」
「そうしなきゃ存在を保てないのに?人間だって家畜を殺して食うのに、怪物はだめなんてあんまりじゃない?」
「お前は混乱を起こしすぎた。怪物の存在が否定される世の中で、目立ちすぎたんだ。危うく他の怪物たちまで世間に存在が露わになるところだったんだ」
「他の怪物なんてクソ喰らえだ」
口の悪さに男は蔑んだように顔を顰めるが、怪物は知らん顔で舌を突き出した。
「とにかく、ほとぼりが冷めるまでお前には眠ってもらう。そういうことになった。怪物であることが罪だとか、そう言う問題じゃない」
「ほとぼりを冷ますためだけに、刑期百年ってわけか」
不満そうに怪物はため息を吐く。
「人間が忘れるにはそれくらいの時間が必要なんだ」
男はそう言いながら右手に金槌を握り、左手で怪物の胸にあてがった杭を構え直した。
「……すまないな」
「あんたが謝る必要ないだろう」
くすりと笑いながら、怪物はそっと瞼を閉じる。
「それに、人にとっては長い百年でも、僕にとってはほんの瞬きのうちだよ」
金槌が振り上げられ、杭の上に叩きつけられる。
悲鳴さえあげることなく、怪物の胸からどす黒い血が溢れ出し、棺の中を黒く満たしていった。
後に残ったのは男の疲れたようなため息と、静寂だけだった。
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