素晴らしい朝

1/1
前へ
/11ページ
次へ

素晴らしい朝

 俺は弁当をリュックに入れた。 「今朝も早いわね」 「小テストあるから。予習する」 「真面目ねぇ」  良い香りがただよう。母さんが鼻歌まじりにドリップコーヒーを淹れている。  テレビは流行りのスイーツを紹介している。その横にはパキラ。白いカーテンが揺れる。母さんがいる朝のリビングは爽やかだ。  今日は早くから起きて俺の弁当と朝食を準備してくれた。疲れているはずなのにニコニコしている。   「今日は夜勤だっけ」 「うん、準夜勤だから夕方から。なんか作っとくよ」 「いいよ、自分でなんとかする」  玄関まで母さんが見送りに来てくれた。  スニーカーを履きながら、横の靴を見る。くたびれた黒の革靴。  帰ってたんだな、と思う。  この靴の主は、神経質そうなおっさん。たぶん今は二階で寝ている。  クソつまんなそうな顔をしているし、口数は少ない。でも同居し始めて1カ月、母さんの機嫌がすこぶるいい。ので、俺は面白くない。けど顔には出さない。 「じゃ、行ってきます」 「行ってらっしゃい」  笑顔で手を振った。  それが母さんと交わした、最後の会話になった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加