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祖父母
「よく来たね」
両開きのドアが開いて、「祖父」が笑顔を見せた。父さんの実家はやたら大きく、三台分ある駐車場には全て新車が停まっていた。
母さんの軽自動車は中古で、相当な距離を走っていて傷も多かった。差を感じた。
「お母さん、急なことでびっくりしたね」
「大変だったでしょう」
祖父と祖母の優しい口調が心の上をなめらかに滑っていく。
飲み物はお手伝いさんが出してくれた。祖母は着物を着ていて、祖父の隣で微笑んでいる。
苦労してきたせいか高二のわりに落ち着いているわね、学校の成績も良いんだってね、ここに住んでくれたら学費も存分に出せる、返事は急がないから今日はゆっくりしていきなさい、などなど一方的に話されながら相づちを打った。父さんがこの家を出た理由の片鱗がわかった気がした。
話が途切れると、父の部屋に案内された。
ゆっくり見ていいよと一人にされる。ようやく一息つけた。
大きな学習机の上に色あせた昔の洋楽歌手のポスターが貼られていて、出窓から庭が見下ろせた。
父さん、こんな大きな家に住んでたのに飛び出して、母さんと生きてくことを選んだんだ。すごいね。そのくらい好きだったんだね。そういう迷いのない選択ができる決断力、俺にも遺伝してたらよかったのに。
あの人とどう話したらいいかわからないんだ。だって親子になったのもつい最近だ。悪い人じゃないんだろうけど仲良くやっていける気もしない。こんなの急展開すぎる。
返事はもちろんなかった。
ここにいても答えは出ない。わかってる。
1階に降りると、祖父母が談笑していた。絵に描いたような仲睦まじい老夫婦の午後。俺を見る目は余裕に満ちていた。
「すみません、今日は帰ります」
「送っていこうか」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「ごめんなさいね、急な話だったわね。でも武春君には悪いようにはしないから、考えておいてね」
駅の改札をICカードで通過した。普段聞き流している軽快な音が、母さんが稼いだお金が減ったことを示す。残高はいくらあっただろうか、把握しないといけない。
ホームに立つと、少しめまいがした。もうあの朝みたいに、心安らぐ場所はない。
LIMEを開いて、友達に「今なにしてる?」と送った。
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