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職場
今日は我ながらあちこち行くなぁ、と思う。最後には警察署の取り調べ室まで来た。机とパイプ椅子。ドラマで見た光景の中、「あんな顔して自殺でも考えてるのかと思ったよ」と警察官は軽い調子で言う。
「あの……このこと、牧原警部補には」
言わないでください、と続けようと思ったのに「ああ、連絡したからそろそろいらっしゃるよ」と言われて落胆した。直後、ドアが勢いよく開いた。
「武春君!」
はぁはぁと息を切らせた誠司さんがいた。
「何考えてるんだ、こんな時間まで出歩いて」
家での弱気な態度と裏腹だ。部下の前だからだろうかと思って鼻白んだ。
「今後のこと考えろって言ったのそっちじゃないですか。外で考えてただけです」
「なんだと」
「まあまあ、何も問題なかったですし」
誠司さんの鼻息は荒い。一瞬、殴られるかと思ったけど、拳を強く握りしめただけだった。
(こんな生意気な奴、一緒に暮らしたくないよな)と思ってすぐ、寂しさを感じた。なぜだろう。自分で自分がわからない。
俺達は睨み合う。誠司さんも、何を考えているかわからない。
間に割って入ったのは、若い警察官だった。
「牧原さんはこれから現場でしょう。俺交番に戻るんで、自宅までこの子を送りますよ」
誠司さんは視線をそらす。
「……そうだった。すまん、頼む」
そうして黙って出ていく。
パトカーで夜の街を通る。スマホの表示は深夜1時をまわっていた。さすがに眠い。
「いやぁ、牧原警部補があんなに激昂したのは初めて見たよ。いつも冷静沈着だから。心配したんだろうね」
「どうでしょうか」
「怒るっていうのも、エネルギーがいるんだよ。相手のことを思ってないとできない」
「……そういう、もんですか」
そういえば俺は怒ったことも数えるほどしかない。泣いたのも。父さんが亡くなってからだ。二人三脚でやってきた母さんに心配かけたくなかった。でもあいつにはなんだかイライラして、乱される。母さんが死んだショックのせいだろうか、こんなに心がざわつくのは。
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