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真意
その日はさすがにぐっすり寝た。
夢に、母さんが出てきた。
「私ってほら、習うより慣れろの人だからさ」
母さんはコーヒーを淹れていた。これは夢だとわかっているのに、良い香りがした。コンロで、大きな鍋を沸かしていた。
「結婚も仕事もね、思い立ったら勢いで行っちゃう人なの。
だから春君にはごめんだけど、私に付き合ってもらった。家を出ていく前に一緒に暮らして親子になってもらいたかったの」
「どうしてあの人なの」
口が勝手に動く。ああ、これは前にもした会話だ。確か、誠司さんが引っ越してくる前日の記憶。すっかり忘れていた。
母さんは鍋にパスタを広げる。
「よくわかんないけど、ピントが合ったのよ、あの人に。仕事柄、私も誠司さんも人が弱ったり、平常心じゃない時に対応すること多いじゃない。キツい時に私はこうやって料理したり、ドラマ見たりするけど、あの人溜め込む感じでさ。あんまり表情に出ないの。
でも友達の紹介で食事した時にそこの料理が本当においしくてさ、あの人、ちょっとだけ笑ったのよ。その笑顔がすごく良くてね。
だからね、無愛想かもだけど、よろしくね」
目覚めると、やけにすっきりした気分だった。カーテンを開けるともう太陽が昇っていた。
俺はキッチンに降りた。窓を開け、リビングを明るくした。冷蔵庫をのぞくとダメになった野菜がしなびていた。ゴミに出し、BGM代わりにテレビをつけると、家が生まれ変わったかのように空気が動き出した。鍋にお湯を沸かした。
オリーブオイルでにんにくを炒め、香りがたつまでに余りものの野菜を炒める。料理酒、和風だしやしょうゆなど適当に入れていると、なぜだか気分がうきうきするのを感じた。
これも母さんからの血筋かな、と締めの塩こしょうをふりながら思った。
先に小皿2つに和風パスタを取り分け、仏壇に手を合わせる。玄関で物音がした。もう一枚皿を出す。
リビングに来た誠司さんは、心底びっくりしていた。
「武春君」
「おかえりなさい」
「……ただいま」
「ま」と言い終えた直後、誠司さんのおなかが「ぐう」と鳴った。
二人分のパスタを置く。
「食べてください。人間食べないとろくなこと考えません。ケンカしてても食べなさいって、母さんはいつも準備してくれた」
「……」
無口な戸籍上の親は、意外なほど素直に席について、「いただきます」と手を合わせた。
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