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「出たよ、久米ちんの番犬〜」
女子高生が父親を煙たがるような顔で睨まれても、碧央くんは爽やかスマイルを崩さない。
「この業界、悪い人も多いからね。ちゃんと後輩は守ってあげなきゃ」
「はあ?私がその“悪い人”って言いたいわけ?誰が久米ちゃんにバラエティーでの出世術を教えてあげたと思ってんの?」
「灰原みたいに芸人ばりに体張る仕事は久米に合わないから、その出世術とやらも程々に指導してね」
「きぃぃ、このモンスターペアレントめ!」
流石は、"奇跡の世代"と呼ばれる入社6年目の同期アナウンサー同士。テンポよく交わされる会話は、こんな時でも淀みなく、滑舌も抑揚も完璧だ。
「久米ちゃんも大変ね。こんな面倒臭い父親みたいな男が最初の指導者だなんて」
「いえいえ全然です。発声から心構えまで、教えてくださったのが朝賀さんですから」
「あらま、お手本みたいな回答。誰かさんの躾が行き届いてるわ」
「あはは、褒めてくれてありがとう灰原。ところで、ここ俺の席だから退いて」
灰原さんが座っていた椅子の背もたれをガタガタと揺すった碧央くんに「ばーか、嫌みよ、嫌み」と舌を出しながら立ち上がった灰原さんは、腕時計に目をやって「あ、そろそろ行かなきゃ」と前髪をかきあげる。
「久米ちゃん!うるさいの来たから退散するけど、いい男捕まえるチャンスだから前向きに考えといて!」
「え、あの、私は……」
改めて断ろうと声を上げたのだが、自席に広げていた原稿を慌ただしく束ねて「じゃあ、行くね!」と出口に向かう灰原さんに私の声は届かず。
「はーい、今日も元気に行ってらっしゃい」
「ふはっ!朝顔アナの決め台詞もらっちゃった!はいはーい、頑張ってきまーす」
アナウンス室ではもはやギャク化している碧央くんの『行ってらっしゃい』に送り出された灰原さんは嵐のように去っていった。
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