02.厚顔グリズリー

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どうしよう、結局、合コン断れなかったな。まあ、後でまた誘われたらちゃんと断っておこう。 灰原さんの残像を見つめながら、心の中でそう呟いた直後。 「……はおちゃん」 「はわっ!」 スーッと気配なくこちらに近づいてきた碧央くんが耳元でこそっと名前を呼んだ。心の準備もなく良質な声に鼓膜を揺らされて、思わず間抜けな声が出る。 咄嗟に耳を押さえて、見開いたままの目で碧央くんを見れば、先ほどまでの爽やか笑顔が嘘のようにいじけた顔を向けれられていて。 「合コン、行ったらダメだよ?」 「い、行かないよ、もちろん」 「行ったら波音はすぐ食われるからね……!」 「く、食われないよ……」 言われなくたって行くつもりなんてないのに、やたらと必死に説得してくるから苦く笑うしかない。この人、灰原さんが言うとおり本当に過保護だ。 私のことを小動物か何かだと思っているのだろうか。食われる、食われないって、人間社会において成立する会話ではない。 それなのに碧央くんは、諦め悪く「食われるよ。女子アナなんて、業界人が合コンしたいランキングNo.1なんだから」と難しい顔でデスクに肘をついて考える人のポーズ。 「女子アナなんて気の強い男勝りな女ばっかだっていうのに、世の中の男は幻想ばっかり抱いてるからね」 「……」 「しかし、その中で久米波音は例外。可愛くて、優しくて、男の女子アナ像をそのまま形にしたような天使だから、間違いなく食われます。間違いないです。異論は認めません」 早口で捲し立てる碧央くんに「私に一番幻想抱いてるのは碧央くんだよ……」と一応否定しておいたが、恐らく彼の言葉のとおり異論は認められないのだろう。私の声など全く聴こえていないようだ。
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