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はっぴばーすでーとぅーゆー はっぴばーすでーとぅーゆー ゆーってのは、俺か? じゃあ自分で歌う時は……マイ?違うな。ミー? まあ、どうでもいいか。 それよりも…… 「ぷはー、美味い!」 仕事終わりにプルタブを開ける瞬間が一番好きだ。 職場の入口に置いてある自動販売機の右下のボタンは正に自分専用。いや誰もそんなことは言ってないが。 がちゃんと押せば大好きな栄養ドリンクが落ちてくる。 この自動販売機がここに置かれて以来、仕事終わりに欠かさず飲んでいる。 幸せだ……。 シュワシュワと泡立つ琥珀色が朝四時から立ちっぱなしだった足の先まで癒してくれる。 しかも今日は誕生日だ。丈夫に産んでくれただけでなく、手先の器用な人間に育ててくれた両親に感謝する日だ。 「仁さん、お疲れ様です。」 「よう、お疲れ様。」 倫也坊はまだ二十歳になったばかりだが中々どうしてしっかりした子だ。 厨房に入ってきたその日から、中の人間一人一人に丁寧に挨拶をしていた。 しかも教えたことはきっちり覚え、分からないことは必ず聞いてくる。 親御さんがちゃんと育てたってことなんだろうなぁ。 自分の身内でもないのに可愛くて仕方ない。 「あの、実はさっきタマエさんに聞いたんですけど。」 「おう。」 「誕生日おめでとうございます。」 倫也坊がこれでもかってくらい見事な最敬礼をしたもんだから正直慌てた。 「ありがとな。しかし大袈裟な……。」 「喜寿、って聞きました。」 「お、おおそうなんだよ。もうすっかりジジイだ。」 この職場の前にいた調理場に入ったのが中学卒業した十五の時。二十歳で今の店に入って入って五十七年。若い頃は結婚式や宴会料理や法事の仕出しで息着く間もなく、今はお手頃価格の弁当やパック惣菜、オードブルなんかでてんてこ舞い。 突っ走りすぎて彼女を作る暇もなく、見合い相手には逃げられて、気がつけばもうすぐ八十。 社長が気のいい人だから未だ現役で使ってもらえてるがこの先指が動かなくなったらどうするかねぇ。 思わず手の中の瓶を見つめる。元気の良かった泡は既に液体の中に戻って静かだ。 「じゃ、行きましょう。」 「は?」 缶を持つ手とは反対の手をとり倫也坊が歩き出した。 「おいおい、どこへ?」 「任せてください。」 「自転車が。」 「置いときましょう。」 「明日仕事これねえょ。」 「俺が送迎します。」 ちったあ人の話を聞け!と文句を言う間に駐車場に連れ込まれた。倫也坊の白の軽自動車はお客さん用の向こう、社員駐車スペースの中でも更に奥の奥に置いてあった。 「どうぞ。」 にこにこと笑う倫也坊が助手席のドアを開けた。 * 「で、ここどこだ?」 「俺の家です。」 「なんで?」 「俺が飯作ります。」 目の前にこじんまりした一軒家がある。電気が着いていないところを見ると一人暮らしか家族の帰りが遅いか。 そういえば倫也坊とは身内の話はした事がない気がする。 倫也坊なりの気遣いか、またはこちらが話しにくい雰囲気を醸し出していたのか。 まあ、いいか。 今日は特に作り置いた惣菜もない。たまには人が作る飯を食べると言うのも……と考えて気づいた。 ここ五十年ばかり、他人の作ったものを食べていなかった。 カップ麺やパンは除くとして、だ。職場のまかない料理は勿論自分が用意する。夕飯は家で簡単なものを作るか、職場で売れ残ったものを買って帰るか。 倫也坊はまだ半人前とはいえ、調理師養成施設とうちの店、合わせて二年近く包丁を握っている。 彼の作ったものは必ず味見しているから腕に間違いはないが、それでも倫也のオリジナルな味付けは今まで食べたことがない。 さあて、どんだけのモノになっているか。 俄然ワクワクしてきた。
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