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なんだかケツがモゾモゾする。 大抵今頃はひとりで夕飯食いながら明日の惣菜メニューを考えているんだが、今目の前にあるのはテレビとお茶だ。 「風呂いいんならテレビでも見ててください。」 と言われてリビングのソファに腰を降ろしたが、これなら風呂もらった方がよかったか? 暇すぎる……。 「なあ、俺もなんか……。」 「任せてください。そろそろ母親も帰ってきますし。」 「お母さんびっくりしないか?」 台所で鍋が鳴る。手早いねぇ、醤油の甘い香りが漂って来る。煮物は大根と油揚げかねぇ、それともがんもどきか? 味噌と鰹の香ばしい匂いが食欲を誘う。倫也坊は出汁の取り方も丁寧だ。この感じだと豆腐とワカメかね。 トントンと小気味よい音がする。 米も炊き上がったようだ。さっきからぶくぶく言っていた釜が落ち着いた。 ガス釜を使ってるのには驚いた。お焦げも出来て美味そうだ。 チラチラとシンクに立つ倫也坊の背中を見ているが、職場の彼と同じく手際がいい。いや、ここはヤツの城だから更に動きがいいね。 台所とリビングを仕切る開けっ放しのガラス戸は料理の熱気で曇っている。 「大丈夫ですよ、さっきメールしときましたから。あ、返信来た。ケーキ買ったって。」 ちょっと待て。そりゃいくらなんでも申し訳ない。流石になんか手伝わないと。 「母も感謝してるんです、仁さんに。」 ソファから腰を浮かしかけて固まる。 感謝だ?会ったこともないのに? 首を捻っていると倫也坊から「うん、ばっちり」と声が上がった。 釜から大きな湯気が立ち上がっている。 米の水加減は思い通りだったようだ。ガス釜でもIH釜でも目盛りどおり、アイコンの通りにやればきちんと炊きあがるが、個々の好みや用途に応じて調整出来るようになるには結構年季が要る。 そういえばこの子は職場の業務用釜にも直ぐに慣れた。 もしかしたら坊は子供の頃から米炊いてたんだろうか。 暫くして倫也坊から「出来ましたよー。」と声が掛かった。 * テーブルの上には煮物、焼物、炒め物の大皿がぽんぽんと三枚、高野豆腐に枝豆を添えた小鉢とひじきの煮物がそれぞれ三人分。他にも色々鉢が並び、盛り付けも綺麗だ。なのに何故か真ん中だけ空いている。 まだ料理があるのか? 「こりゃまたすごいな。」 「買い物行かずに帰ってきちゃったので冷蔵庫にあるもので作りました。あと作り置も出しました。この浅漬け自信作です。」 その方が喜ぶかと思って、とにこにこ顔で言われるとこっちまで笑顔になる。 「ここに座って下さい。それと母が戻るまで少し話をしてもいいですか?彼女が喋り出すと止まらないから。」 浅漬けをテーブルに置くと台所に戻り、さらにもう一枚大皿を手に戻ってきた。 「これが本日のメインディッシュです。」 空いたテーブルの真ん中に置かれたそれは、真っ白なおにぎり。それと…… 「なんだ、ここまで完璧に作っておいて卵焼きは失敗したのか?」 あまりにも可愛らしい黄色い山を見て思わず吹き出した。 「いーえ。大成功です。」 えっへんとドヤ顔しながら倫也坊が椅子に腰掛けた。 「改めてお誕生日おめでとうございます。それと。あの時はありがとうございました。」 倫也坊は椅子に腰かけたまま、真っ直ぐに伸びた背を深く折った。
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