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「だからさっきからなんなんだよ。俺は何にもしてないぞ。」 確かに孫が出来たみたいだと勝手に思って可愛がっちゃいるが、実際のところ自分はいずれ去らねばならない厨房を引き継ぐ若手を育てる仕事をしているだけだ。 倫也坊は、やっぱ忘れてるよなー、と笑いながら呟いた。 「このおにぎり、仁さんに教えてもらったものです。それと卵焼き。初めて自分一人で作った時のものを再現しました。」 「教えた?何時だよ。」 「俺が小三の夏休み。」 小三だあ? 坊は二十歳だから十一年前か? てことは自分は六十六の時。 目の前にあるのは塩むすびだ。食材は米と塩。電気釜があれば火を使わずに出来る。 子供に教えるにはちょうどいい料理だ。それと…… スクランブルエッグ?炒り卵?そんなもん教えたのか?結構難しいもん教えようとしたんだな。 いや、違う。 あの時は……。 「オーブントースターで作る玉子焼きを教えたんだったか。」 「思い出してもらえました?」 「あー。全然気が付かなかったわ。あんときの倫也坊はほとんど笑わなかったからなあ。」 「不良一歩手前でしたからねえ。」 だが例えあの時に笑っていたとしても気づくことはなかっただろう。 なぜなら思い出した坊の顔は、長い前髪で顔が半分隠れちまっていたのだから。 * あの日の夕方も自動販売機の前で仕事終わりの一本を楽しんでいた。 人の気配を感じて顔を向けると、マッシュルームを頭に乗せたような子供が店の中を覗いていた。 店は夕方六時半まで。大体その辺りで売り切れてしまうからなのだが、その子供は初めて来たようでガラス戸にへばりついていた。 「坊や、もう閉店だよ。」 びっくりしたのか子供が固まった。 「脅かしちまったかい?ゴメンよお。まだスーパーマーケットはやってると思うよ。」 もう一度声を掛けると子供の髪が揺れた。隙間から見えた目に睨まれたような気がした。子供は無言で背を向けた。近くのスーパーとは反対の方向だ。家に帰るのだろうか、それとも。 ……どうしてだか分からない。 気がつけば子供を呼び止めていた。 「坊や、腹減ってるのか?」 子供が立ち止まった。 「お母さんは?家で御飯作って待っているんじゃないのか?」 「……仕事。お金が置いてあった。」 ああ、だからここに買いに来たのか。 「それに……。」 「それに?」 「家にいたって、忙しそうだし。すぐ仕事に出かけるし。」 もしかしてこの子は腹が減っているだけじゃなく、拗ねているんだろうか。そう思うと無償に子供に構いたくなった。 「そうだなあ。惣菜はもう無いが。どうせなら坊や、自分で作ってみないかい?」 「作る?」 「そう。自分が食べるものを自分で作る、ってかっこいいだろう?」 「どこが?」 怪訝な顔をしながらも子供は自分の方へ歩みを変えた。 その後何を言ったのか皆目覚えていないが、子供と共に店の厨房へ向かった。
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