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「家に炊飯器はあるかい?」 子供が頷くと、どんなのか聞いた。 「うちにあるのはあれと同じ。」 指さしたのはまかない用に使っているIHの電気釜だった。 「なら、やり方を覚えれば坊も米が炊けるぞ。まずは米を洗うんだ。」 そう言って釜を取り出し、カップでの米の量り方を教えて米を入れた。 「最初は優しく、二回目はしっかり、三回目は力を入れすぎず、四回目五回目は軽く洗いで……。」 後ろで子供の手を支えながら米の洗い方を教え、水の量り方を教え、浸水時間や急ぐ時のやり方を教えた。 いっぺんに覚えきるのは難しいだろうと思いながらも、次から次に言葉を継いだ。 この子とはもう二度と会うことがないかもしれない。 だったら自分で米だけでも炊けるようにしてあげたい。 米が炊ければ少なくとも飢えることはない。 飢えることがなければ心が荒むこともない。 何より、こんな小さな子供が腹をすかせて荒れる姿など見たくない。 自分勝手な考えを子供に押し付けているとはわかっていたが止められなかった。 子供は自分が思うより随分と賢い子だった。返事は首を振るか、うん、としか言わないが、しっかり理解しているようだった。 「坊やのところのコンロもIHかい?って分からないか。」 「……ガスコンロだよ。お母さんが火じゃないと美味しくできないって言ってる。料理しないくせに。」 そう言って子供は下を向いた。 「お父さんがいなくなってからは僕のことはほったらかしだ。ご飯もおやつも着替えも何もかも。」 どうやら地雷を踏んじまったらしかった。母親も必死にやってるんだろうということは大人の自分には分かっても、子供に分かれというのは酷なことだった。 「坊やは使ったことあるかい?」 やっと言えたのがこれだってのが情けなかったが。子供はふるふると首を振った。 「火は使っちゃだめだって言われてる。」 「じゃあガスコンロを使わなくても作れる玉子焼きを作ろうか。」 「作れるの?」 子供が食いついてきた。玉子焼きは好物だと言った。 カップと卵を一個とサラダ油、塩にコショウ、隠し味のグルタミン酸調味料。 オーブントースターの前でそれらを並べた。オーブントースターの付属品のトレーにアルミホイルを縁まで敷いて角を立てて軽く油を引いた。 「この角を綺麗に出さないと卵が溢れるからな。それと欲張って一気に二個焼かない。いっぺんに沢山作りたいならグラタン皿みたいに深い皿でやること。」 溶いて味付けした卵液をアルミホイルの中に流し込みタイマーを十分にセットした。 「あとはこの菜箸を使って……固まりだしたら、扉を開けてこれでくるくるっと。」 「凄い。」 「これを二、三回繰り返すんだ。火傷に気をつけるんだぞ。あと焼きすぎるなよ。」 そうこうしている内に米が炊きあがったようだ。 「さあ、おにぎりを作るぞ。」 湯気を出すご飯を釜で返してボウルに移したところで子供が悲鳴を上げた。炊きたてご飯に手を突っ込もうとして湯気の熱さに驚いたようだった。子供に注意をしながら指で塩をひとつまみつまんで見せた。 「指ひとつまみで一グラム。これは絶対覚えておくんだ。これが料理の基本だから。」 子供が握りやすいよう、先にご飯に塩をまぶす。軽く混ぜ合わせている内にご飯が少しずつ冷めていった。 「さあ握ろうか。冷めすぎると握れないからな。」 「……なんか、料理がすっごく楽しい。」 口元が少し笑っているように見えたが、残念なことに前髪に隠れてよく分からなかった。 孫がいたらこうやって料理を教えていたんだろうなと思うと、喉の奥がくすぐったくなった。
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