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「もうね、本当のこと言うと、あの時ってマジ世界滅亡を企んでました。自分以外消えてなくなれ、みたいな。」
ドヤ顔腕組みで言うことかね、それ。
「人知れず人類存続に貢献していたとは知らなかったよ」
「それが今じゃ料理で世界制覇を目論むようになるなんて誰が信じます?」
「誰も信じねえよ、なんだよその御大層な目論見は。」
「夢はでっかく持てって言ったの仁さんですけど。」
俺が?言ったか?全く思い出せない。
「あの頃って本気で両親を憎んでました。なんで父親は自分を置いていった?なんで母親は自分の世話してくれないんだって。今にして思えば甘えですよね。」
「九つの子供が悟ってたらそれこそ問題だよ。」
「でも仁さんは俺に教えてくれました。してもらえないって拗ねるより、自分でやろうって動くことのほうが全然楽しいってこと。そんでもって自分が楽しいと周りの人にも楽しさを分けてあげたくなるし、優しくなれる。」
実は次の日も店に行ったんです、と倫也坊が伏し目がちに言った。
「仁さんは厨房で忙しく働いていて、子供心にめちゃくちゃかっこいいと思いました。で、その足で散髪屋に行って髪を切りました。母親への反発で切らなかったんです。スッキリしたあと、家に帰ってご飯を炊いておにぎりを作ってオーブントースターで卵を焼いて。ついでに母親の分も作って。帰りが遅いのは分かっていたから手紙を置きました。」
倫也坊が遠い日を懐かしむような目をした。
「なんて書いたんだい?」
「『ご飯炊けるようになった。ガスコンロの使い方教えて』って。そしたら次の日の朝、叩き起こされました。ラジオ体操より一時間も早くですよ。鬼かって思いました。」
「何だ今より二時間も遅いじゃないか。」
「うわ、ここにも鬼がいる。で、残ったおにぎりを焼きおにぎりにするついでに、ガスの使い方を教えてやるって言われて。」
それからは坊が買い物や料理、掃除と家事をサポートすることで母親も余裕を取り戻していったと静かに語った。驚いたのはあれから倫也坊が何度も店に買い物に来ていたことだ。レジのたまえさんは坊とはすっかり顔なじみだったらしく、新人として店に来たときには驚いたそうだ。
なんで俺に教えてくれなかったと頭を抱えると、「そりゃしっかり口止めしてましたもん。」と未来の魔王はしれっと宣った。
「だって、そういう色目抜きで仕事を教わりたかったんです。料理でみんなを幸せにしたいんです。」
「なら、もっといい店を世話するが。」
「高級料理を作りたいわけじゃないんです。俺が作りたいのは時間のないお母さんたちが安心して家族に出せるような、一人暮らしの人がほっと一息つけるような、そんな料理なんです。つまり仁さんの作るお惣菜が俺の目標なんです。え?仁さん泣いてます?」
「ばかいえ、ホコリが入ったんだよ。」
べたべたな言い訳だ。
まさかひよっこのこの子に泣かされる日が来ようとは思いもよらなかった。
仕方ないじゃないか、年甲斐もなく心が震えちまったんだから。
自分ももう七十七。あとどれだけ働けるかなんてわからない。
だけどここまで言われたんだ。
六十二年この世界に生きてきた知識と技を力の続く限りこの子に教えていこう。
そして今度はこの子が次の世代に伝えていく。
この子に教えたように、温かい家庭の味を。
「仁さん、どうぞこれからもよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。まあ明日からみっちりしごくつもりだから、逃げ出したくなるかもしれんけど。」
「え?まさかの鬼軍曹?」
「坊が言ったんじゃないか。その代わり頑張ったら坊の分の栄養ドリンクも買ってやるから。」
「そこは遠慮したく……。」
「なんだとう?」
玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー、ケーキ買ってきたわよー。」
楽しげな女性の声が台所に響いた。
完
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