鍛冶師一斬

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その地は葦鉢と呼ばれた。 かつては門前町として、立派な寺の前に構えた広大な里であったらしい。 しかしいつの時か寺が燃え信徒たちは散り散りに去り、住み着いた民衆だけが残ったという。 「刀が欲しい」 少年の名はタツと言った。親はいない。 里の隅に暮らす孤児の一人である。 人が行きかうこの里でも仏道の者だけは居付くことはない。彼らを救う者はおらず、 使い走りにスリ、残飯漁りに物乞いをしても尚、生きることもままならない者たちであった。 身に着けているのも雑巾と見まがう襤褸切れであり、雨の一つも降ればバタバタと死んでいく為に誰も名も顔も覚えようとしない。 タツにとって刀は力の象徴であった。 里でたまに見かける、偉い男たちはみな刀を携えていた。 横暴であれど、刀に斬られようと民衆がそれに歯向かうことはない。それは刀を持っているからだ。 しかしそれをどうすれば手に入れられるか、タツには分からなかった。 買えるだけの金子どころか日々の寝食すらままならぬ孤児であり、何も持たぬゆえに奪うしか能がなかった。 ある時里の飯屋の残飯を漁っているときに、妙な話を聞いた。 最近になって山に住み着いた爺の話だった。 いつの間にか住処を作り、野山で狩って暮らしているその爺は刀鍛冶らしい。 ここらの山から良い鉄を掘り出しては、日がな一日金槌を振るっているのだと。 タツは耳をそばだてた。噂を得意げに話す男は情報通なのか、その爺の庵が何処にあるかまで詳らかに語ってくれていた。 少し考えたのち、タツは庵へ向かうことにした。 刀も欲しいが肉も欲しい。うまくいけば力も今日の飯も手に入るだろう。
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