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「いいか―――例え手前のかぁちゃんが死にかけてようが妹が食い物にされてようが知ったこっちゃねぇ」
「わしが手塩にかけて育て上げた娘をひっつかんでいこうっていうんならお前、叩っ殺すぞ」
狭い板の間で、タツと爺は囲炉裏を挟んで向かい合った。
相も変わらず娘を渡さないと主張し続け、こちらの言い分になど耳を貸しもしない。
「刀だけじゃねぇ。槍、槌、鑿も鋤だってわしの娘だ。どうしても貰ってやりてぇというなら聞かねぇでもねぇが、駆け落ちなんて許さねぇぞ」
気狂い、と言いかけて口を噤んだ。老人の目が余りにも真に迫っていて、そんな事を言おうものなら本当に叩き殺されそうだったからだ。
「……売り物じゃねぇならなんで刀を打ってるんだ?」
刀は仕舞う物じゃなくて斬るためのモノだろう?
タツの言葉にぱぁんと爺が膝を叩く。反射的に身を固めたが、爺はしたり顔で頷いた。
「それはな、坊主」
「嫁が欲しいからだ」
「…………は?」
「嫁だ」
二度言われても分らんわ。
「わしは昔、それはそれは腕の立つ剣士だった。面に立てばそれを斬り、十立てばそれも斬り、百も千も万も、犬も馬も牛も虎も、何であっても叩き切った」
「しかしそんなわしにも悩みがあった」
「刀がな、合わなんだ」
「何かが欠けている。無論刀は好きだ。斬るも突くも払うも十全よ。しかし足らぬのだ」
「何度見返しても尚、斬り伏せても尚、失点など見当たらぬのに。どう見ても刀が手に落ち着かぬ」
「数え切れぬほど人を斬り、万物を切り伏せても尚その「何か」が何なのかがさっぱり分からなかった」
「手槍を持った。鉄砲を持った。双刀も西洋刀も棍棒も握った。しかしどうにも「しっくりこない」のだ」
「名だたる刀匠を頼み刀を望んだがそれも違う。海を越えてあらゆる武具を握れどもそれも違う」
「いつしかわしは、手になじむ刀に恋焦がれるようになった」
「しかしどこを探せども嫁は見つからなかった。ついにわしは思い至ったのだ。作ればよいと」
「それで、今も作っていると?」
あぁ、と老人は頷いた。
「今も探している―――恋焦がれている。吸い込むように手に馴染み、振るえば心地よく空を斬り、腰に差すだけでも血が滾るような、そんな「女」を」
「だが、わしの嫁でなくともみな、手塩にかけたっぷり粧し込んだ別嬪ぞろい。どこの馬の骨とも知らん坊主にくれてやる道理はねぇ」
「―――」
言葉もない。
気狂いかと思ったら気狂いであった。
どこまでが本当でどこまでが本気なのか知れたものではない。
ないが、しかしどうして、この刀の出来は見事であった。
タツは孤児である。刀の目利きなど出来ようもない。
だが、確かにその刀は。
「―――知らねぇよ」
「あ?」
タツは握りこんだ砂を爺の顔面に叩きつけた。
「知らねぇよそんな話。何が嫁だ。要は選り好みの我儘じゃねぇか!」
馬鹿馬鹿しい。
もんどりうつ爺を尻目にタツは刀を掴んだ。
「あんたは娶ろうと思わなかったんだろ?じゃあ俺がもらってやるよ!」
捨て台詞を吐いてタツは庵を飛び出した。
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