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「どこさ行くの」  テレビを見ていたおばあちゃんが言った。僕は黒いアンクルパンツを穿きながら「川開き」と答えた。狭い住まいにふたりで身を寄せていた頃の名残か、内陸の小さな借家に移り住んでも僕らはプライバシーなど忘れた生活を送っていた。食事はもちろん、持ち帰った仕事をするのも寛ぐのも着替えをするのも専らリビング。自分の部屋は一応あるがほとんど物置みたいな扱いだ。足元に置いた白いポロシャツを拾い上げる僕を見ながらおばあちゃんはニヤリと笑った。 「誰と行くのっしゃ」 「鋭いね」 「ご機嫌だから」 「そう?」 「可愛いもの見てる時と同じ顔だっちゃ」  自分じゃ気が付かなかった。両手で顔を挟んで表情を矯正するようにグリグリ揉んだ。おばあちゃんがテレビに向き直る。僕はポロシャツに腕と頭を通した。腕時計を着け財布の中身を確認してポケットにしまう。スマートフォンは尻のポケットへ、それからテーブルの上に置いた小さな箱を開けた。白くてつるんとしたクジラの形のストラップ。やはりクジラの歯は高い。見た目は可愛いのに値段は全然可愛くない。でも喜んでくれるならそれで良い。箱を閉じてポロシャツの胸ポケットに入れた。「じゃ、行ってくる」とおばあちゃんに声を掛けた。 「はいはい」テレビから目を離さずに答えるおばあちゃん。 「出掛ける時は鍵締めてね」 「はいはい」 「お祭り終わったら帰るから」 「子どもじゃないんだべし朝まで遊んでがいん」とおばあちゃんはちらりと僕を見遣った。それから「女の子の服着なくていいの?」と言った。僕は「うん」と小さく頷いた。 「多分あんまりそういうの気にしない人だから」
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