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 その日、君は少し気に掛かるぐらい咳をしていた。 「大丈夫?」 「……うん。なんか喉がね」  でも特別心配する程じゃなかった。少し気になる程度。気が付けば良くなってるだろう。それでなくても明日にはすっかり忘れてる――そんな感じ。  だから朝から少し咳気味だった彼にも慣れ、その日は余り気にしてはいなかった。ただ少し彼には安静にしてもらって代わりにアタシが色々としたぐらい。  だけど翌日になってもその咳が治る事はなかった。 「ゲホッ……ゲホッ……」  更にその次の日も。 「ゴホッゴホッ……」  彼の咳は治るどころか日を増すごとにむしろ悪化していった。  道なんて無い。いつの間にか足元には自然のありのままが広がっていた。  けれども――それでもアタシは歩みを止めるわけにはいかない。一歩また一歩と足を進める。それ以外に選択肢はない。 「大丈夫。もうすぐだから」  最早、意識すらなく辛うじて生きている背中の彼にアタシは呼吸が乱れながらもそう伝えた。  でも返事の代わりに聞こえるのは背中に感じる微かな彼の鼓動。でも今のアタシにはそれが何よりも力を与えてくれる。背中から足へ。伝わる力を糧にアタシはどれだけ疲れててももう一歩を踏み出す。
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