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椎名くんはその後も手紙の主について想像を膨らませ続けた。
そして、放課後までには彼女の完璧なキャラが完成していた。
「彼女の名前は大橋さん(イニシャルO)。四年生だ。身長138センチ、体重33キロ。ジョブは預言者(見習い)。おれの靴下の色が左右で違うことを預言で知るも、ドジなのでそれを手紙に書かずに直接伝えようとしている。語尾は『〜なのであります』髪の色はピンクでツインテール。ペットはミニブタだ」
「それでいいのか」
「ペットをミニブタにするかウリ坊にするかでまだ少し悩んでいる」
「悩むとこはそこだけか?」
もう、何も言うまい。
通学団下校するため校庭に集合しようとするみんなよりいち早くランドセルを背負った彼に、私はにっこり笑って手を振った。
「頑張ってね、椎名くん。預言者に何を言われても落ち込むなよ」
「……藤川」
椎名くんはやけに大人びた顔で私をじっと見つめた。
「藤川はいいの? おれが行っても」
何だそれ。私は振っていた手を止めた。
「止めるなら今のうちだよ」
「え? 何で?」
私たちの間に奇妙な沈黙が浮かんで、流れた。
「何でもない。じゃあな」
椎名くんはどことなく寂しそうな背中を見せて、夕暮れの廊下に消えた。
なんか、変だったな。椎名くん。
まあ、椎名くんはいつも変なんだけど。
「さてと。そろそろ私も行こうかな」
ひとりごとを呟いて、私はノロノロとランドセルを背負った。
ボーッとしてたら教室を出るのが最後になってしまった。
椎名くんめ、変な空気にしおって。
何が、止めるなら今のうちだ。
意味が分からないよ。
私たちは別に、そういうのじゃないでしょう。
椎名くんが真顔で変なことを言って、私が冷静につっこむ。
それがただ、楽しいから。楽しかった、から、友達として近くにいただけ。
それだけだったはずじゃない。
好きとか、恋とか、私たちみたいなひねくれた小学生にはまだ早い、無縁の話。
そうじゃない?
勢いよく飛び出す教室。廊下に長く伸びる私の影。
おのれ、夕陽め。
私を切なくさせるんじゃないよ。
椎名くんなんかいなくても、平気だってば。
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