椎名くんは譲らない

6/10
前へ
/100ページ
次へ
 後悔なんてしない。  あれはただの創作だし。  そう思ったことを私が悔やむことになったのは、その日の放課後。  帰り道で椎名くんの家の前を通りがかった時だった。  そこには、狭い住宅街の路地を塞ぐようにして2トントラックが停まっていた。  トラックの横腹にはCMで有名な引っ越し屋のキャラクターが描かれていて、何のためにそれが来たのか周囲に教えているかのようだった。  私が椎名くんの話を思い出したのは言うまでもない。  焼きそばパンを一人で食べてしまった椎名くんの女友達、F。  Fが好きだった男友達のSは、お互いに想いあっていたのに、それを告白し合うきっかけを逃して──そのままSは引っ越ししてしまう。 「これで最後だな」  大人の男の声がした。  トラックの向こう側で住人が荷台へ荷物を運び込んでいるんだと気づいた。  私は思わず電柱の陰に隠れた。  今の声は、椎名くんのお父さん? 「ありがとう、お父さん」 「ごめんな、お父さんの仕事の都合で急に引越しすることになっちゃって」 「いいよ、もう」  返事をしたのは椎名くんだろうか。  引越しって、何のこと……?  「友達にはちゃんと別れを言ったのか? お前が転校するって聞いて、みんなびっくりしただろう」  何それ。  転校?  今、初めて聞いたんだけど。  息が止まる私とは対照的に、椎名くんは笑っていた。 「実はさあ、みんなには言えなかったんだよね。おれがこの春からいなくなるってこと……。みんなが悲しむ顔とか、見たくなかったしさ」  何それ。  何それ。  聞いてない。  
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加