椎名くんは始まらない

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 私が感心していると、椎名くんは冷めた目で小野田くんを見た。 「いや、熱はないよ。何か目指したいなと思っただけ」 「ああ、そっちのたまごか。びっくりした。TKGの方かと思ったぜ」 「それじゃご飯になっちゃうだろ。ご飯になってどうするんだよ。せめてお米の状態だったらまだいい」  ややこしいこと言うな。 「小野田くんはこの春何か始めたいことある?」 「ああ、あるぞ!」 「なになに?」  小野田くんはドヤ顔で「ボイパ!」と言った。  お前もか、小野田。  何なんだよ、この局地的なボイパ人気。  狭い地域で流行ってんな。  ドヤ顔なのがまたムカつくよ。  椎名くんがチッと小さく舌打ちをした。彼も私と同じ意見のようだ。 「こないだ駅前で路上ライブしてるサラリーマンのおっさんがいてさ。マイク一本で楽曲もないのにずっとブーッブブーッってライ○ップのCMみたいな音出してんの見て感動しちゃって」  おいおい、それ椎名くんのお父さんじゃないだろうな?  マイク一本って、トンガってるにも程がある。 「父ちゃんを止めてくる! どこの駅だ⁉︎」  椎名くんが教室を飛び出そうとする。やっぱり椎名くんのお父さんだったのか。 「慌てんな椎名、昨日の夜だからもういねえよ。まだいたら唇腫れてるわ」 「嫌だよおれ、ボイパしすぎて唇腫れてる父親見るの」  椎名くんが肩を落としながら戻ってくる。  慰めの言葉も出ない。  
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