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椎名くんは肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。
「あいつの顔を見るたびに、あの時のことを思い出しちゃってヤバい。おれの初笑いをまたあいつに奪われるなんて嫌なのに……!」
「え、そんな。気になって仕方ないんだけど。去年、どんなことがあったの?」
「思い出させんなって! ほろ苦い思い出でもあるんだ!」
余計気になるって。
「教えてよ。人に話せば、面白くなくなるかもよ?」
「そうか、な」
「うん。冷静になれば、そんなに面白くなかったって思うかも」
椎名くんはしばらく迷った末にうなずいた。
「そうだな……おれもあの呪縛から解き放たれたいし……」
そして椎名くんは去年イチ面白かったというエピソードを語り始めた。
「あれは、去年のドッジボール大会でのことだった。おれのチームは、一回戦目で沢田のチームと対戦することになり、結果ボロ負けしてしまったんだが……」
「ああ、そういえばそんなことあったね」
私たちの小学校では毎年五月に全校生徒でドッジボール大会を行うことが恒例となっている。
一、二年生の低学年の部、三、四年生の中学年の部、五、六年生の高学年の部で分かれ、さらに男子チームと女子チームで分かれてランダムにトーナメントでぶつかり合うっていうちょっとガチな大会だ。
私と椎名くんは男女で別チームだったからその時何が起きたのかは知らない。
聞いた話によると、隣のクラスの沢田くんが一人で大活躍して、最後にはうちのクラスと小野田くんと一騎討ちになる死闘を繰り広げたっていうけど。
「沢田は強かった。忍者みたいに気配を消すのがうまくて、いつの間にか背後にいて……気がついた時にはボールがあいつの手の中にあったんだ。逃げる余裕なんてなかった。その瞬間、おれは死を覚悟した──」
臨場感たっぷりに椎名くんが語るから、私も思わず緊張して息を呑んだ。
「きっと容赦ない強いボールが来ると思っておれは身構えた。みんなが注目する試合だったからな。今までどんなに日陰にいた奴だって、一発でヒーローになれる日だったんだ。だが……沢田はそうしなかった。おれに向かって、あいつはなぜか少女のような優しいボールを放ったんだ。完全に不意をつかれたおれは、そんなボールさえ取れずに殺された。そんなおれに言った、あいつの一言が──」
『ぶしのなさけ』
「……なんか、妙にツボだった……!」
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