椎名くんは気にしない

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 でも、歩き出して一分もしないうちに。 「藤川ーっ!」  私は、椎名くんに呼び止められてしまった。  大好きなボールをくわえて主人に駆けてくる犬みたいな顔して、椎名くんが再び私の前にやってくる。 「何? どしたの?」 「おれ、すごいこと思いついちゃった!」 「ん?」 「発想の逆転だよ! こうやっていちいち別れたりするから、偶然会ったりするんじゃね? だったら最初からバイバイしなけりゃ良くね?」 「ああ、なるほど」  別れなければ再会しない。  単純だけど理にかなっている。盲点だった。 「一緒に帰ろう、藤川。家まで送るからさ」 「あ、ありがとう……」  椎名くんはふにゃっと笑って、私と並んで歩き出した。  一緒に交差点を渡って、信号待ちして、また一緒に歩く。  くだらない話をして、笑い合っているうちに、私はふと気がついた。 「どうした藤川? ボケーッとして」 「あ、うん。あのさ」  やっぱりこれって、ただのデートじゃない? 「いや、何でもないや」 「変なやつだなー」   椎名くん、あんたに言われたくないよ。  気づかないかなあ。気づかないか。  椎名くんだもんね。  私はふう、と甘いシロップ味のため息をついた。
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