大道芸人への道 17

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 と、そのときだった…  バスが、いきなり、急停車した…  バスが、ギーと、音を立てて、急停車した…  この矢田を含め、バスに乗った乗客全員が、席に、座ったまま、大きく、動いた…  あまりにも、突然に、バスが、急停車するものだから、席から、投げ出されることは、なくても、態勢が、大きく崩れた…  この矢田のように、大人でも、大きく態勢が、崩れるのだから、子供は、もっと、大変だった…  バスの席から、投げ出されるものが、続出した…  それは、マリアも、アムンゼンも、例外ではなかった…  実に、あっけなく、席から、投げ出された…  私は、大人だから、なんとか、手で、前の座席を持って、しのいだが、子供のマリアや、ホントは、大人だが、子供のカラダを持つ、アムンゼンでは、ダメだった…  まるで、ピンポン玉のように、弾け飛んだ…  そして、それは、他の子供も同様だった…  園児の母親たちは、この矢田同様、なんとか、しのいだが、子供たちは、無理だった…  例外なく、席から、放り出された…  だから、一瞬にして、車内が、パニック状態になった…  席から、投げ出された園児たちが、一斉に声を上げて、泣き出したからだ…  みんなが、  「…ギャー」  「…ギャー」  泣き出すから、一気に、パニックになった…  大人である、この矢田でも、大変だったのだから、子供は、もっと大変だった…  だから、泣き出すのは、わかった…  が、  それでも、一斉に鳴き出されたのでは、たまったものではない…  それぞれの園児たちに、付き添ってきた母親たちが、必死になって、自分の子供たちをなだめた…  「…ほら、もう大丈夫だから…」  とか、  「…大丈夫、痛くなかった?…」  とか、言う声が、あちこちから、聞こえてきた…  この矢田も、同じだった…  「…アムンゼン…マリア…大丈夫か?…」  と、自分が、態勢を立て直してから、真っ先に、二人に、声をかけた…  「…だ、大丈夫…」  と、マリアが、真っ先に、言った…  「…アムンゼン…オマエは、大丈夫か?…」  私が、言うと、車内に投げ出された、アムンゼンが、  「…だ、大丈夫です…」  と、言いながら、なんとか、立ち上がろうとした…  すると、そのアムンゼンを、近くの女性が、  「…坊や…大丈夫?…」  と、言いながら、アムンゼンに近寄った…  アムンゼンは、とっさに、カラダをひねって、その女性から、逃げた…  あまりにも、素早く、動くものだから、見ている、この矢田も、呆気に取られた…  その動きは、小さいながらも、まるで、格闘家か、なにかのようだった…  私は、それを、見て、今さらながら、このアムンゼンは、大人…  本当は、大人であることを、思い知らされた…  小人症ゆえに、3歳の子供に見えるが、中身は、30歳の大人であることを、思い知らされた…  そして、おそらく、そのことに、気付いたのは、この矢田だけでは、なかったはずだ…  なぜなら、アムンゼンは、立ち上がりながら、一瞬だが、周囲を鋭い視線で、見回したからだ…  おそらく、自分の行動を、周囲の人間が、どう見たか、知りたかったのだろう…  周囲の人間が、どう観察したか、知りたかったのだろう…  私は、そう、見た…  そして、アムンゼンの視線は、ある場所で、固定した…  一瞬だが、固定した…  それは、アムンゼンをよく観察していなければ、わからない動きだった…  この矢田だから、わかった…  別段、この矢田が、優れているわけでも、なんでもないが、アムンゼンを、凝視しているから、わかったのだ…  私は、急いで、その女性を見た…  メガネをかけた金髪碧眼の女性だった…  歳は、30歳ぐらい…  カラダは、おそらく、身長170㎝超…  170㎝よりも、少し上…  2㎝ぐらい上かもしれない…  取り立てて、騒ぐほどの、美貌では、なかった…  が、  この日本では、目立つかも、しれない…  以前、同じような、ブロンドの美人を、ユーチューブで、見たが、その美人は、自分を評して、  「…私は、母国では、平凡だけれども、この日本では、特別だから…」  と、言って、笑った…  実に、言い得て妙…  実に、自分が、よくわかっていると、感心したものだ…  ブロンドで、若い女だから、目立つ…  しかし、母国に帰れば、似たようなルックスの女は、ごまんといる…  ありふれている…  そういうことだ…  日本にいるから、特別=スペシャルなのだ…  実に、自分がよくわかっていると、思った…  それと、同じだった…  そして、私は、とっさに、その女と、アムンゼンの関係を思った…  敵か、味方か?  思ったのだ…  なにもなければ、一瞬とはいえ、アムンゼンが、その女に、視線を止めるはずが、なかったからだ…  私が、ジッと、その女性を見ていると、  「…矢田ちゃん、なにを見ているの?…」  と、マリアが聞いて来た…  だから、私は、  「…あの女は、誰だ?…」  と、マリアに小声で、聞いた…  「…あの女って?…」  「…あの黒いふちのメガネをかけたブロンドの女さ…」  「…アンナさん?…」  「…マリア、知っているのか?…」  「…最近、娘が、この保育園に入ってきたの…」  「…そうか…」  私は、頷いた…  やはり、そうか?…  「…だから、すぐに、わかった…」  マリアが、私の想像を、裏付けるようなことを、言った…  「…アンナさんは、美人よ…」  「…美人だと?…」  「…そうよ…美人…」  「…でも、私の目には、そうは、見えんゾ…」  「…それは、今、アンナさんが、メガネをかけているから…メガネを外せば、かなりの美人よ…もちろん、ママやリンダさんには、敵わないけれども…」  「…なんだと?…」  私は、驚いた…  と、いうことは、どうだ?  まさか?  まさか、このアムンゼン…  まさか、3歳のガキンチョのカラダしか、持たんにも、かかわらず、園児の母親を狙っているということか?  そんなバカな?  いや、  バカなことではない…  なにしろ、このアムンゼンは、ホントは、30歳…  立派な大人だ…  立派な成人男子だ…  だから、園児の母親狙いでも、おかしくはない…  年齢は、合う…  しかし、  しかし、だ…  私は、腕を組んで、悩んでいると、アムンゼンが、  「…矢田さん…どうかしたんですか?…」  と、聞いて来た…  だから、私は、単刀直入に言った…  「…アムンゼン…オマエ、不倫は、いかんゾ…」  「…不倫? …なんですか? …いきなり…」  「…ひとの物は、盗っちゃ、ダメってことさ…」  「…ひとの物? …どういうことですか?  ボクは、生まれてこのかた、お金に不自由したことは、ありません…ですから、ひとの物など、盗ることなど…」  「…物は、例えさ…」  「…例え?…」  「…夫が、いる女に手を出したら、いかんゾ…それは、男として、最低の行為…しては、いかんことさ…」  「…矢田さん…どうして、いきなり、そんな話になるんですか? …説明してください…」  「…説明だと?…」  「…ハイ…説明です…きちんと、ボクに説明して下さい…」  「…それは、するまでもないさ…」  「…どうして、ですか?…」  「…オマエは、それが、わかっているはずさ…子供じゃないんだ…」  私は、力強く言った…  すると、あろうことか、アムンゼンが、反撃した…  「…ボクは、子供です…子供のボクに、わかるように、説明してください…」  アムンゼンが、訴える…  私は、なんだか、面倒臭くなった…  だから、  「…子供だろうが、なんだろうが、関係ないさ…ひとの物を盗っちゃダメさ…」  私は、大声で、怒鳴った…  そして、それ以上、なにも、言わなかった…  すると、当然、アムンゼンが、なにか、言ってくると、思っていたが、なにも、言わんかった…  私は、なぜ、アムンゼンが、なにも、言って来んのか、不思議だった…  すると、私の隣にいる、マリアが、私の腕を引っ張った…  「…矢田ちゃん…矢田ちゃんと、アムンゼンの会話…みんな耳を澄ませて、聞いてるよ…」  「…なんだと?…」  私は、慌てて、周囲を見渡した…  たしかに、このマリアの言う通りだった…  このバスの中にいる全員が、耳を澄ませて、私とアムンゼンの会話を、聞いていた…  私は、驚いた…  まさか、私とアムンゼンの会話を、バスの中の乗客全員が、耳を傾けて、聞いているとは、思わんかったからだ…  私は、どうして、いいか、わからんかった…  わからんかったのだ…  「…矢田ちゃん…ただでさえ、目立つんだから、行動に気を付けなきゃ、ダメ…」  と、マリアが、私の母親のように、言った…  私は、ぐうの音も、出んかった…  言われてみれば、その通り…  その通りだからだ…  私が落ち込んでいると、  「…矢田さん…いつものことです…気にしないで下さい…」  と、アムンゼンに慰められた…  「…いつものことだと?…」  「…矢田さんは太陽…誰の心も照らします…誰の心にも、安らぎを与えます…」  「…」  「…だからこそ、矢田さんは、好かれるんです…だからこそ、注目されるんです…」  アムンゼンが、断言した…  私は、そんなものかと、思った…  そんなものかと、納得した…  が、  よく見ると、アムンゼンが、必死に笑いをかみ殺しているのが、わかった…  途端に、私の怒りが、爆発した…  …コイツ、もしかして、今、私をからかった?…  その事実が、わかったのだ…  …コイツ、許さん!…  私は、思った…  と、同時に、行動しようとした…  具体的には、アムンゼンを引っぱたこうと、したのだ…  私は、大きく、振りかぶって、アムンゼンをひっぱたこうとした…  が、  引っぱたけんかった…  誰かが、私の腕を持ったのだ…  私は、私の腕を掴んだ相手を見た…  それは、さっき、アムンゼンが、見ていた女…  アンナという名前の金髪碧眼の女だった…                <続く>
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