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と、そのときだった…
バスが、いきなり、急停車した…
バスが、ギーと、音を立てて、急停車した…
この矢田を含め、バスに乗った乗客全員が、席に、座ったまま、大きく、動いた…
あまりにも、突然に、バスが、急停車するものだから、席から、投げ出されることは、なくても、態勢が、大きく崩れた…
この矢田のように、大人でも、大きく態勢が、崩れるのだから、子供は、もっと、大変だった…
バスの席から、投げ出されるものが、続出した…
それは、マリアも、アムンゼンも、例外ではなかった…
実に、あっけなく、席から、投げ出された…
私は、大人だから、なんとか、手で、前の座席を持って、しのいだが、子供のマリアや、ホントは、大人だが、子供のカラダを持つ、アムンゼンでは、ダメだった…
まるで、ピンポン玉のように、弾け飛んだ…
そして、それは、他の子供も同様だった…
園児の母親たちは、この矢田同様、なんとか、しのいだが、子供たちは、無理だった…
例外なく、席から、放り出された…
だから、一瞬にして、車内が、パニック状態になった…
席から、投げ出された園児たちが、一斉に声を上げて、泣き出したからだ…
みんなが、
「…ギャー」
「…ギャー」
泣き出すから、一気に、パニックになった…
大人である、この矢田でも、大変だったのだから、子供は、もっと大変だった…
だから、泣き出すのは、わかった…
が、
それでも、一斉に鳴き出されたのでは、たまったものではない…
それぞれの園児たちに、付き添ってきた母親たちが、必死になって、自分の子供たちをなだめた…
「…ほら、もう大丈夫だから…」
とか、
「…大丈夫、痛くなかった?…」
とか、言う声が、あちこちから、聞こえてきた…
この矢田も、同じだった…
「…アムンゼン…マリア…大丈夫か?…」
と、自分が、態勢を立て直してから、真っ先に、二人に、声をかけた…
「…だ、大丈夫…」
と、マリアが、真っ先に、言った…
「…アムンゼン…オマエは、大丈夫か?…」
私が、言うと、車内に投げ出された、アムンゼンが、
「…だ、大丈夫です…」
と、言いながら、なんとか、立ち上がろうとした…
すると、そのアムンゼンを、近くの女性が、
「…坊や…大丈夫?…」
と、言いながら、アムンゼンに近寄った…
アムンゼンは、とっさに、カラダをひねって、その女性から、逃げた…
あまりにも、素早く、動くものだから、見ている、この矢田も、呆気に取られた…
その動きは、小さいながらも、まるで、格闘家か、なにかのようだった…
私は、それを、見て、今さらながら、このアムンゼンは、大人…
本当は、大人であることを、思い知らされた…
小人症ゆえに、3歳の子供に見えるが、中身は、30歳の大人であることを、思い知らされた…
そして、おそらく、そのことに、気付いたのは、この矢田だけでは、なかったはずだ…
なぜなら、アムンゼンは、立ち上がりながら、一瞬だが、周囲を鋭い視線で、見回したからだ…
おそらく、自分の行動を、周囲の人間が、どう見たか、知りたかったのだろう…
周囲の人間が、どう観察したか、知りたかったのだろう…
私は、そう、見た…
そして、アムンゼンの視線は、ある場所で、固定した…
一瞬だが、固定した…
それは、アムンゼンをよく観察していなければ、わからない動きだった…
この矢田だから、わかった…
別段、この矢田が、優れているわけでも、なんでもないが、アムンゼンを、凝視しているから、わかったのだ…
私は、急いで、その女性を見た…
メガネをかけた金髪碧眼の女性だった…
歳は、30歳ぐらい…
カラダは、おそらく、身長170㎝超…
170㎝よりも、少し上…
2㎝ぐらい上かもしれない…
取り立てて、騒ぐほどの、美貌では、なかった…
が、
この日本では、目立つかも、しれない…
以前、同じような、ブロンドの美人を、ユーチューブで、見たが、その美人は、自分を評して、
「…私は、母国では、平凡だけれども、この日本では、特別だから…」
と、言って、笑った…
実に、言い得て妙…
実に、自分が、よくわかっていると、感心したものだ…
ブロンドで、若い女だから、目立つ…
しかし、母国に帰れば、似たようなルックスの女は、ごまんといる…
ありふれている…
そういうことだ…
日本にいるから、特別=スペシャルなのだ…
実に、自分がよくわかっていると、思った…
それと、同じだった…
そして、私は、とっさに、その女と、アムンゼンの関係を思った…
敵か、味方か?
思ったのだ…
なにもなければ、一瞬とはいえ、アムンゼンが、その女に、視線を止めるはずが、なかったからだ…
私が、ジッと、その女性を見ていると、
「…矢田ちゃん、なにを見ているの?…」
と、マリアが聞いて来た…
だから、私は、
「…あの女は、誰だ?…」
と、マリアに小声で、聞いた…
「…あの女って?…」
「…あの黒いふちのメガネをかけたブロンドの女さ…」
「…アンナさん?…」
「…マリア、知っているのか?…」
「…最近、娘が、この保育園に入ってきたの…」
「…そうか…」
私は、頷いた…
やはり、そうか?…
「…だから、すぐに、わかった…」
マリアが、私の想像を、裏付けるようなことを、言った…
「…アンナさんは、美人よ…」
「…美人だと?…」
「…そうよ…美人…」
「…でも、私の目には、そうは、見えんゾ…」
「…それは、今、アンナさんが、メガネをかけているから…メガネを外せば、かなりの美人よ…もちろん、ママやリンダさんには、敵わないけれども…」
「…なんだと?…」
私は、驚いた…
と、いうことは、どうだ?
まさか?
まさか、このアムンゼン…
まさか、3歳のガキンチョのカラダしか、持たんにも、かかわらず、園児の母親を狙っているということか?
そんなバカな?
いや、
バカなことではない…
なにしろ、このアムンゼンは、ホントは、30歳…
立派な大人だ…
立派な成人男子だ…
だから、園児の母親狙いでも、おかしくはない…
年齢は、合う…
しかし、
しかし、だ…
私は、腕を組んで、悩んでいると、アムンゼンが、
「…矢田さん…どうかしたんですか?…」
と、聞いて来た…
だから、私は、単刀直入に言った…
「…アムンゼン…オマエ、不倫は、いかんゾ…」
「…不倫? …なんですか? …いきなり…」
「…ひとの物は、盗っちゃ、ダメってことさ…」
「…ひとの物? …どういうことですか?
ボクは、生まれてこのかた、お金に不自由したことは、ありません…ですから、ひとの物など、盗ることなど…」
「…物は、例えさ…」
「…例え?…」
「…夫が、いる女に手を出したら、いかんゾ…それは、男として、最低の行為…しては、いかんことさ…」
「…矢田さん…どうして、いきなり、そんな話になるんですか? …説明してください…」
「…説明だと?…」
「…ハイ…説明です…きちんと、ボクに説明して下さい…」
「…それは、するまでもないさ…」
「…どうして、ですか?…」
「…オマエは、それが、わかっているはずさ…子供じゃないんだ…」
私は、力強く言った…
すると、あろうことか、アムンゼンが、反撃した…
「…ボクは、子供です…子供のボクに、わかるように、説明してください…」
アムンゼンが、訴える…
私は、なんだか、面倒臭くなった…
だから、
「…子供だろうが、なんだろうが、関係ないさ…ひとの物を盗っちゃダメさ…」
私は、大声で、怒鳴った…
そして、それ以上、なにも、言わなかった…
すると、当然、アムンゼンが、なにか、言ってくると、思っていたが、なにも、言わんかった…
私は、なぜ、アムンゼンが、なにも、言って来んのか、不思議だった…
すると、私の隣にいる、マリアが、私の腕を引っ張った…
「…矢田ちゃん…矢田ちゃんと、アムンゼンの会話…みんな耳を澄ませて、聞いてるよ…」
「…なんだと?…」
私は、慌てて、周囲を見渡した…
たしかに、このマリアの言う通りだった…
このバスの中にいる全員が、耳を澄ませて、私とアムンゼンの会話を、聞いていた…
私は、驚いた…
まさか、私とアムンゼンの会話を、バスの中の乗客全員が、耳を傾けて、聞いているとは、思わんかったからだ…
私は、どうして、いいか、わからんかった…
わからんかったのだ…
「…矢田ちゃん…ただでさえ、目立つんだから、行動に気を付けなきゃ、ダメ…」
と、マリアが、私の母親のように、言った…
私は、ぐうの音も、出んかった…
言われてみれば、その通り…
その通りだからだ…
私が落ち込んでいると、
「…矢田さん…いつものことです…気にしないで下さい…」
と、アムンゼンに慰められた…
「…いつものことだと?…」
「…矢田さんは太陽…誰の心も照らします…誰の心にも、安らぎを与えます…」
「…」
「…だからこそ、矢田さんは、好かれるんです…だからこそ、注目されるんです…」
アムンゼンが、断言した…
私は、そんなものかと、思った…
そんなものかと、納得した…
が、
よく見ると、アムンゼンが、必死に笑いをかみ殺しているのが、わかった…
途端に、私の怒りが、爆発した…
…コイツ、もしかして、今、私をからかった?…
その事実が、わかったのだ…
…コイツ、許さん!…
私は、思った…
と、同時に、行動しようとした…
具体的には、アムンゼンを引っぱたこうと、したのだ…
私は、大きく、振りかぶって、アムンゼンをひっぱたこうとした…
が、
引っぱたけんかった…
誰かが、私の腕を持ったのだ…
私は、私の腕を掴んだ相手を見た…
それは、さっき、アムンゼンが、見ていた女…
アンナという名前の金髪碧眼の女だった…
<続く>
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